「靴箱の横」
指先が鍵盤の上で、半拍にも満たない間、止まった。すぐに戻る。
「屹」梢の声は相変わらず軽やかだったが、語尾が半音だけ落ちた。「あの女とは、距離を置いた方がいい」
屹は追わなかった。茶碗を持ち上げ、一口飲んだ。
静江は茶卓の傍に立っていた。茶を注ぐ手は安定していた。ただ「浅野祈」という名前を耳にした瞬間、急須を持つ指先が、ごく短い時間だけ固まった。
この継娘のことは、よくわかっていた。弾くのが速くなればなるほど、心の中で何かが抑えきれなくなっている証拠だ。
静江は目を伏せた。胸の奥から不安が浮かび上がってきたが、どこにも置けなかった。
白河グループのビルの廊下は、濃いグレーのカーペッ...
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チャプター
1. 「名も知らない朝」
2. 「苦い朝と、夜の檻」
3. 「夜の残響」
4. 「悪阻」
5. 「無視できない意外」
6. 「四十七階の男」
7. 「衝突路地の真相」
8. 「迫る正体」
9. 「距離と体温」
10. 「切れた街灯の下」
11. 「縁」
12. 「夜の宿りと、解けた緊張」
13. 「静かな陥穽」
14. 「彼女の疑惑」
15. 「負い目の清算」
16. 「境界線」
17. 「裸足の夜」
18. 「薔薇垣の影」
19. 「強引な保護」
20. 「予期せぬ来訪者」
21. 「ゼロの援軍」
22. 「取り繕えない夜」
23. 「二つの顔」
24. 「茶色の熊のぬいぐるみ」
25. 「夜景の名前」
26. 「夜明けの輪郭」
27. 「宿縁の停車」
28. 「信頼の行方」
29. 「濡れ衣の瞬間」
30. 「明かされた身分」
31. 「距離と鼓動」
32. 「落とし穴」
33. 「掌に宿る決断」
34. 「母の残像」
35. 「灯が消えるまで」
36. 「距離と体温」
37. 「隣人」
38. 「誰かの名前」
39. 「外人」
40. 「値段」
41. 「産声の前に」
42. 「手術台の上で」
43. 「手術台」
44. 「答え」
45. 「凍りついた地下室」
46. 「お前が泣いていたから」
47. 「空穴来風」
48. 「夜明け前の温度」
49. 「崩落」
50. 「硝子の爪」
51. 「腕の中の不眠」
52. 「届かない手」
53. 「届かない電波」
54. 「手のひらの血痕」
55. 「ただいま」
56. 「隣に立つ覚悟」
57. 「宣戦布告」
58. 「全世界を敵に回しても」
59. 「桃花三輪」
60. 「火の記憶」
61. 「梅雨」
62. 「微熱の残像」
63. 第63章「残夢と指輪の予兆」
64. 「未完成の弧の指輪」
65. 「交わらぬ思い」
66. 「凛月庵の朝」
67. 「触れられない」
68. 「帰りを待って」
69. 「五十九秒」
70. 「サプライズ」
71. 「本当の理由」
72. 「箱根の一夜、別れの河川敷」
73. 「天使の刃」
74. 「靴箱の横」
75. 「照烧チキンの弁当」
76. 「借り物の黒いドレス」
77. 「静かな失望」
78. 「洗面所の鍵」
79. 「白いシャツの衿」
80. 「手首の銀の鎖」
81. 「横浜行き」
82. 「招待状のない夜」
83. 「行くな」
84. 「条件」
85. 「記憶の破片」
86. 「封印された記録」
87. 「路地の刃と差し伸べた手」
88. 「崩れた嘘」
89. 「仮面の崩壊」
90. 「見えない糸」
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