「照烧チキンの弁当」

朔の視線が祈の顔の上を滑った。

止まらなかった。揺れもしなかった。廊下に立ち並ぶ柱の一本を通り過ぎるのと、何も変わらなかった。

エレベーターから踏み出す。黒い革手袋の指先がスラックスの脇に垂れ、歩みに一切の迷いがない。祈の横を通り過ぎたとき、距離は半メートルもなかった。ミントとタバコの混じった香りが鼻先をかすめ、すぐに消えた。

千葉が半歩後ろに続き、視線を一瞬だけ祈に落として、すぐに外した。

祈はその場に固まった。抱えた図面の束が胸に食い込み、自分の心臓の音が聞こえた。重く、遅い。数日前、港区のタワーマンションで、誰にも触れることのないあの手が、祈の頬を撫でた。今その手は黒い革に包まれ...

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