第三章 六時間から八時間前
一条様の喉仏が、ひとつ動いた。
溺れる者が何かを掴んだように、心臓が再び動き始める。
眉が寄った。
台下に向けられたカメラ、激しく動く江口さん、すでにざわめき始めた記者たち——一条様の視線が素早く走る。
この女が、生きて戻ってきた。
それ自体は、悪い知らせではない。だが彼女が生放送のカメラの前にあの強さで立っていることが、一条様の神経を一本残らず張り詰めさせた。
紗奈は、しばらくその顔を眺めた。
七年間、数えきれないほど見てきた。命令を下す時の冷静さ。だが今この瞬間の顔は、一度も見たことがなかった——驚愕がまだ完全に引かないうちに、極度の警戒がその場所を占めている。
自分は死んだと思っていた。それなのに今、紗奈は彼の目の前に立っている。
紗奈は台下へ向き直り、口を開いた。
「皆さん、こんにちは。白石紗奈です」
一拍置いて、会場を見渡す。
「ご覧の通り、私はX-24ウイルスの二期感染者です」
「現在の状態は——良好です」
会場のどこかで、誰かが息を飲んだ。
この七日間、そのウイルスの名は東京全体の頭上に重くのしかかっていた。
三週間前、X-24ウイルスは出所不明の海外検体から初めて検出された。当初、誰も深刻には受け止めなかった——一期症状は持続する高熱、全身の倦怠感、呼吸困難と、猛烈な勢いで来る重い風邪に似ていた。公立病院の隔離病棟は患者で溢れたが、本当に恐慌に陥った者はほとんどいなかった。
最初の二期患者が現れるまでは。
二期に入るとウイルスは変異する。感染経路は飛沫から接触へと拡大し、密閉空間での感染率はほぼ百パーセントに達した。さらに残酷なことに、変異後のウイルス株を有効に抑制できる既知の抗ウイルス薬は、一つも存在しなかった。二期確定から臓器不全まで、早ければ七十二時間を超えない。
七日間で、東京都内の死者数は二千四百人を突破した。
二千四百人。一つの数字の裏に、二千四百の壊れた家族がある。各メディアのテロップは数時間ごとに更新され、数字はただ上へ上へと積み上がり、止まる気配を見せなかった。
誰もが、それが何を意味するか知っていた。
X-24の二期感染は、死刑宣告に等しい。
この七日間、救治に携わったすべての医療者の胸の奥に刻まれた、最も深い傷だった。
紗奈は台下を見渡した。目は静かだった。
「二期感染は、手の施しようがないわけではありません」
声を張ることも、感情を込めることもしなかった。顔にはまだ不自然な紅潮が残っていた。それでも、その言葉は台下の全員の胸に火をつけた。
「二期移行後の変異部位には、追うことのできる痕跡があります。隔離室で過ごしたあの時間、私自身の体が答えを教えてくれました」少し間を置いて、「私がここに立っていることが、その証明です」
会場が、三秒間静まり返った。
最初に動いたのは、側扉の近くに立っていた、四十八時間連続勤務の看護師だった。彼女が勢いよく顔を上げた時、その目は赤くなっていた。
記者席の後列に座っていた若い研究員が、手の中の録音ペンを握り締めた。手の甲に、青筋がうっすら浮かんだ。
一週間、全員の胸を押し潰していた石に、ようやく亀裂が入った。
紗奈が何か大きなことを言ったからではない。
彼女がここに、確かに立っているから。生きて、意識があって、その目に僥倖の色がないから。
壇上で、一条様はまだ微動だにしなかった。その目の奥で、何かが光った。
紗奈はもう彼を見なかった。
視線を遠くへ向ける。目を赤くして、互いに話し始めた人々の方へ。
「だから」と紗奈は言った。「皆さん、一緒に頑張りましょう」
会場が、沸いた。
発表会での生還は、その場にいた全員を揺り動かした。一条様は衆人環視の中、白石紗奈を世田谷の本邸へ連れ帰った。
ウイルスの危険区域として封鎖されたあの別邸ではない。一条家の、本当の旧宅だった。
黒塗りの車がゆっくりと本邸の庭に入った。警備の数はいつもの倍になっていた。空気が張り詰めていた。
車のドアが開く。一条様は紗奈に手を貸さず、ただ前を歩いた。その顔色は、今にも何かが滴り落ちそうなほど暗かった。
玄関に踏み込んだ瞬間、清子様が迎えに出てきた。後ろに続く紗奈をひと目見て、その口元に薄い笑みが浮かんだ。
「まあ、大難不死とはこのことね。でもその体、まだずいぶん頼りなさそう。早く部屋に戻って休んでいなさいな。子供たちに病気をうつしてはいけないでしょう」
一条様が手を上げ、冷たくそれを遮った。振り返り、紗奈を見る。その目は複雑だった。まだ散り切っていない動揺と、それ以上に強い、審査の色があった。
「今日から、お前と子供たちは西翼にいろ」声に温度はなかった。「私の許可なく、本邸を出ることは認めない。警備が二十四時間つく」
一歩詰めて、声を落とした。二人にしか届かない音量で。「お前の体の状態は謎だ。なぜ死ななかったのかわかるまで、どこへも行かせない」
紗奈は顔を上げ、その視線を受けた。干からびた唇の端に、かすかな、冷めた笑みが浮かんだ。何も言い返さず、眠っている舞を抱き上げ、西翼の居室へと歩いていった。
——深夜。
西翼の子供部屋に、看護師は一人も配置されなかった。一条様の指示は明確だった。「奥様が直接子供たちの世話をすること。外部の者は立ち入らせない」
舞は移動の途中で刺激を受け、X-24ウイルスの余波も重なって、その夜三十九度の熱を出した。
紗奈は一睡もしなかった。洗面器を手に、温水で舞の熱い額と体を繰り返し拭いた。手つきは専門的で、穏やかだった。子供たちが生まれたばかりの頃の日々に、似ていた。
夜明け前、舞が苦しくて泣きながら目を覚ました。紗奈は小さな体を腕の中に抱き、背中をゆっくり叩きながら、童謡を口ずさんだ。舞はその腕の中で、少しずつ落ち着いていった。
同じ頃、母屋の監視室。
一条様はスクリーンを凝視していた。画面の中で、紗奈の痩せた背中が疲労で微かに揺れていた。空が白み始めてから、彼女は椅子の上で一瞬だけ体を丸めた。すぐに目を覚ました。
一条様は拳を握った。生死の境をくぐり抜けたばかりの、極限まで消耗した人間が、なぜこれほどの粘りを見せることができるのか。体のデータに異常が現れるのを、生還の秘密が露わになるのを待っていたはずが、一晩中子供のあやし方を見ていた。
——夜明け。
夜がようやく明け始めた頃、紗奈はやっと熱の下がった舞を寝かしつけ、重い足を引きずってのあの様子を見に行った。
廊下の突き当たり、のあの部屋のドアが細く開いていた。
近づいた瞬間、二人の子供の声が聞こえた。泣き声でも、言い争いでもない。笑いを含んだ、くつろいだ話し声だった。
紗奈はドアの外に立ったまま、押し開けなかった。
「——あの人、昨日も怒ったし、お菓子も食べさせてくれなかった」
「美咲ねえちゃん、わたしも会いたい」舞の声には、熱が下がったばかりのかすれがあった。それでも、今朝紗奈が聞いた中で、一番生き生きとした声だった。
画面の向こうから西園寺さんの声が返ってくる。柔らかく、辛抱強く、誰の言葉も跳ね返さない静かな水面のように。二人の子供が交互に話した。どちらもその温かさの分け前を欲しがっていた。
紗奈はドアの外に立ったまま、声を出さなかった。
そのまま長い時間が経った。廊下の冷気が足の指を痺れさせて、ようやく自分がずっと動いていなかったことに気づいた。
身を翻した。足音一つ立てずに。
——
最初に気づいたのは、のあだった。
男の子の笑顔が一瞬で固まった。指をそっと後ろに隠す。その場で何か後ろめたいものを見つかった時のような動きだった。舞がその視線を辿って振り返り、黙った。
画面の中で、西園寺さんはまだ話していた。空気の変化に気づいていなかった。
「ママ」のあが呼んだ。声にかすかな不自然さがあった。
紗奈は何も言わなかった。二人をひと目見て、視線を舞の顔に落とした。舞の顔色はまだ白く、額に細かな冷や汗が浮いていた。
「切って」と紗奈は言った。
二人は顔を見合わせ、逆らわなかった。
画面が消えた。部屋に静寂が戻った。窓の外から、かすかな鳥の声だけが聞こえた。
——昼。
舞の体温がようやく三十七度近くまで下がった。ゆっくりと目を開けた舞は、枕元で見守る紗奈を見ることなく、目覚めたばかりの茫然とした様子で小さく聞いた。「……美咲ねえちゃん、返事くれた?」
紗奈は少し黙った。
「確認してあげる」
枕元のスマートウォッチを取り上げた。未読のメッセージはなかった。それでも通話画面を開き、舞に手渡した。
「自分でかけて」
ビデオ通話はすぐに繋がった。
画面の向こう、西園寺さんはベッドに横たわっていた。明らかに起きたばかりだった。薄い色の真絹のネグリジェを纏い、前合わせが大きく崩れていた。
舞の顔を見るなり、西園寺さんはすぐに柔らかく微笑んだ。「舞、大丈夫?」
舞はすぐに泣きそうな声で謝り始めた。みんなに迷惑をかけた、おとなしくできなかった、と。西園寺さんは穏やかな声でなだめながら、何気なく手を持ち上げ、垂れかかった髪を耳にかけた。
その動作のはずみで、ネグリジェの襟元が滑り落ちた。
高解像度の画面に、はっきりと映っていた。
西園寺さんの首筋と鎖骨の上に、新しい痣が密集していた。点状に分布し、縁が充血している。歯の痕に違いなかった。皮下出血の色から推定して、形成時間は六時間から八時間前。
西園寺さんは気にした様子もなく、画面に向かって微笑み続けた。「心配しないでね。一条様がずっと側にいてくださったから」
