第3章

昨夜の『稚弥カフェ』での出来事が、頭の中で繰り返し再生されていた。

完璧なネイビーのスーツに身を包んだ千堂早遊。あの青みがかった灰色の瞳。そして、お祖母様のことを語るときの、あの剥き出しの脆さ。

そしてその間ずっと、彼の思考が聞こえていた――彼が私に話しかけている、まさにその最中に考えていることが。

罪悪感で死にそうだったけれど、スリルを感じていたことも否定できない。

『一体、何やってるのよ、雨宮千葉』

私は頭を振って、この危険な考えを追い払おうとする。

けれど、好奇心は良心に勝った。私は手を伸ばし、まるで猫をあやすように、そっと毛布の端を撫でた。

ほとんど同時に、スマホが鳴った。

「奇妙な感じがする」

スピーカーから聞こえてきた千堂早遊の声は、困惑していた。

「羽で撫でられているみたいだ」

息を呑んだ。まずい、昨日よりずっと正確になってる。

「病院に行った方がいいんじゃないですか?」

私は平静を装って言ったけれど、心臓は肋骨を叩きつけるように鳴っていた。

「そうかもしれない」

彼は一拍置いて言った。

「昨夜の会話のことばかり考えてしまうんだ」

返事をする代わりに、私は毛布を軽く叩いてみた。

「うわっ!」

電話の向こうで彼が叫んだ。

「まただ。今度は……誰かに肩を叩かれているような……」

私の手は空中で固まった。ありえない。毛布を強く握りしめ、それから素早く擦ってみる。

「この……この感覚……」

千堂早遊の声が震える。

「まるで誰かに……」

そのとき、聞こえた。電話越しじゃない。直接、頭の中に響いたのだ。

『この感じ……小さい頃のおばあちゃんのハグを思い出す』

衝撃でスマホを落としてしまった。ベッドに鈍い音を立てて落ちる。千堂早遊はまだ何か話していたが、もう聞こえなかった。繋がりが、強くなっている。彼の思考が、さっきよりもっとはっきりと聞こえる。

『こんなこと、ありえない』

私は頭を振り、もう一度スマホを拾い上げた。

「千堂さん?まだいますか?」

「ええ、私は……少しめまいがする。だんだん酷くなってきた」

私はもう一度、今度はもっと慎重に毛布に触れた。別の声が頭の中に響く。

『なんで急におばあちゃんのことを?いつもあのベルベットの毛布で、私を寝かしつけてくれたんだ。仕事のストレスが溜まりすぎてる。誰かに……誰かに気にかけてほしい』

毛布から手を離すと、その手は震えていた。ベルベットの毛布?

この毛布……古着屋で二千円で買ったこの毛布が、まさか彼のお祖母さんのものだったっていうの?

でも、それ以上に衝撃だったのは、彼の心の声だった。昨夜のあの冷静沈着なエリートが、内面ではこんなにも孤独で脆いなんて。誰かに気にかけてほしい?

「千堂さん」

私は咳払いをして言った。

「もし、その気持ちについて話したくなったら、いつでも電話してください」

電話の向こうで、数秒の沈黙があった。

「ありがとう、雨宮さん。君が思う以上に……その言葉は嬉しい」

電話を切った後も、私は震えながら座り込んでいた。この能力は、どんどん強くなっている。彼の最もプライベートな思考が聞こえ、最も脆い感情が感じ取れる。

これは侵害だ。これは……。

でも同時に、血管を駆け巡る興奮も否定できなかった。誰かが本当に考えていることを知る――それは、人を酔わせるほど魅力的だった。

――

午後二時。私はM市都心部のスターバックスの前に立っていた。耳の中で、自分の心臓が轟音を立てている。

昨夜の会話で、千堂早遊は毎日の午後にここのコーヒーを飲むと言っていた。

「いつもの角のテーブル席にいるんだ」と、彼は何気なく言った。

これって何?つきまとい?

『ううん、これは偶然っていうのよ』

私は自分に言い聞かせ、ドアを押して中に入った。

高価なスーツに身を包み、最新モデルのスマホを手にM&Aの話をするエリート然としたビジネスパーソンたちが出入りしている。古着のジーンズを履いた私は、まるでみにくいアヒルの子のようだった。

そのとき、彼を見つけた。

千堂早遊さんは角のテーブルに座っていた。チャコールグレーのスーツは、おそらく私の学費一期分よりも高価だろう。眉間に皺を寄せ、ノートパソコンの画面を凝視している。その集中した表情は、目を離せなくさせる何かがあった。

彼が顔を上げ、カフェの中を見渡し、そして私に視線を止めた。

一瞬、彼の瞳に純粋な驚きが閃いたのが見えたが、それはすぐに礼儀正しい平静さに取って代わられた。

彼は立ち上がり、私の方へ歩いてくる。

「ここで会うとは、奇遇ですね」

彼の声はよそよそしく、事務的で、昨夜聞いた温かさとは全く違っていた。

けれど、彼の心の声は違った。

『うわ、彼女がいる! 席に誘うべきか? いや、馴れ馴れしすぎるか? すごく綺麗だ……でも、俺みたいな堅物、相手にされないだろうな』

私は笑みをこらえようとした。この完璧に落ち着き払った銀行員は、内心でメルトダウンを起こしている。

「本当に偶然ですね」

私は言った。

「ちょうどこの辺に用事があったんです」

「座りますか?」

彼は自分のテーブルを指し示した。

「どちらにしろ、少し休憩したかったので」

『「はい」って言ってくれ、頼むから「はい」って……』

「ええ、ぜひ」

私は彼の後についてテーブルへ向かった。

席に着くと、緊張した空気が場を満たした。彼は私にラテを注文してくれたが、その動きは正確で、抑制が効いていた。

「今日の調子はどうですか?」

私は純粋な好奇心から尋ねた。

「また、あの変な感覚はありましたか?」

「今朝、何度かありました」

彼は私の顔をじっと見つめながら、慎重に言った。

「かなり気になっています」

『これが起こるたびに、君のことを考えてしまうなんて、どう言えばいいんだ?君がいると、なぜか孤独が和らぐなんて』

「ストレスが原因かもしれませんね」

私がそう言うと、彼の肩に力が入るのが見えた。

「そうかもしれません」

彼の声は冷静で、プロフェッショナルだった。

「昨夜の会話のことを考えていました。祖母のことです」

『信じられない、おばあちゃんのことを彼女に話してしまったなんて。誰にも話したことがないのに。でも雨宮さんには、なぜか心を開きたくなる』

「あなたにとって、とても大切な方だったんですね」

私はそっと言った。

彼の表情が和らぎ、ほんの一瞬だけ、仕事用の仮面が滑り落ちた。

「私を……愛されていると、そう感じさせてくれた唯一の人間でした」

彼は気まずそうに咳払いをした。

「すみません、少し踏み込みすぎましたね」

『なんであんなことを言ったんだ?彼女は私を哀れな奴だと思うだろう。いい大人が、死んだ祖母のことでまだ泣いているなんて』

「全然、踏み込みすぎなんかじゃありません」

私は心からそう言った。

「特別な方だったんですね」

それから一時間、私たちは私がここにいる本当の理由以外の、あらゆることについて話した。彼は私のアートのこと、授業のこと、B市での生活について尋ねてきた。

会話が自然に途切れると、彼は見るからに名残惜しそうに腕時計を確認した。

「そろそろオフィスに戻らないと」と彼は言った。

「お会いできて本当に嬉しかったです」

私も本心からそう言った。

「コーヒー、ごちそうさまでした」

「こちらこそ」

彼は一拍置き、何かと葛藤しているように見えた。

「雨宮さん、もし……もしよろしければ、今度夕食でもいかがですか?もっとリラックスできる場所で」

「ぜひ」

私がそう言うと、彼の顔に安堵の色が広がるのが見えた。

『「はい」って言ってくれた。本当に「はい」って……。しくじるなよ』

私たちが店を出ようとすると、彼は私のためにドアを開けてくれた。そして、彼の最後の思考が聞こえてきた。

『こんなに何かに希望を感じたのは、久しぶりだ。もしかしたら、おばあちゃんの言った通りなのかもしれない――待つ者には福来る、って』

その後、M市の通りを歩きながら、私の感情はめちゃくちゃに絡み合っていた。この一見冷たい銀行員は、内面では全くの別人だった――自信がなく、孤独で、真の繋がりを切望している。彼は一言一言に細心の注意を払い、自分が面白い人間ではないと固く信じ込んでいる。

誰かの心の中を覗き見るこの能力は、私に力強さと恐怖の両方を感じさせた。私は彼の秘密を、弱さを、欲望を知っている。

けれど、彼は何も知らない。

これは、フェアなのだろうか?

そして、彼が真実を知ったとき、一体何が起こるのだろう?

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