第164章 彼女は身をかわさなかった

荒れた指先が、江口美玲の顎をつまみ上げた。

二人の距離は10センチもない。熱を帯びた息が、彼女の頬にまとわりつくほど近い。

江口美玲は、逃げなかった。

特注の黒いサングラスの奥は、死んだみたいに静かな凪。

「……いいわ」

淡々とそう言って、彼女は手を上げる。ためらいなど一欠片もなく、赤いスーツのボタンを外した。続けて、シルクのシャツの一つ目。二つ目。

白い肌が、空気にさらされる。そこに走るのは、メスで裂かれ、高圧の電撃で焼かれた、痛々しい傷痕の列。

「奥の休憩室へ。三か月、あなたにはずいぶん助けられた。これは……あなたの取り分よ」

声は淡々としていて、まるで取引条件を読み上げ...

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