第2章

「恩知らずの畜生ども——まとめて消え失せろ!」

 こんな、私が拾い上げてやったゴミどもに殺されるなんて……絶対に許さない。

 喉の奥から獣みたいな咆哮が迸った。折れた両腕のまま、身体に巻き付いた鉄鎖をぎりぎりと締め上げる。体内に残っていた力という力を、一瞬で燃やし尽くす勢いで爆ぜさせた。

「——ッ!」

 爆音。車のドアが衝撃で吹き飛ぶ。

 アサー、クレア、それにリオー。恩知らずの連中が、狂暴な力にまとめて弾き飛ばされて路上へ叩きつけられた。

「エウィラー! このイカれ女が!」地面を無様に転がったアサーが、泥まみれの顔で私を睨み据える。

 相手にする暇はない。激痛を噛み殺し、肩でシートを押さえ込む。だらりと垂れた断腕を、ドア枠へ思いきり叩きつけた。

「ゴキッ——!」

 外れ、折れた骨が強引に噛み合う。視界が冷や汗で白く滲む。私はアクセルを床まで踏み抜き、愚か者どもを排気で置き去りにした。

 車は狂ったように疾走し、そのまま私設の屋敷の鉄門を体当たりでこじ開ける。

 ほとんど転げ込むように地下の冷蔵庫へ滑り込み、冷蔵箱を開けた。予備の血漿パックを引き裂いた瞬間、鼻腔に腐った鉄臭が突き刺さる。

 豚の血だ。

 粗悪な抗凝固剤を混ぜた、傷んだ豚血——。

 私は乾いた笑いを漏らした。絶望の味しかしない。

 どうりで、ここまで弱っていたはずだ。純血の吸血鬼は、下賤な血に本能的な拒絶反応を起こす。アサーたちは裏切っただけじゃない。私の食い物にまで細工しやがったのだ。

 けれど、悪夢はまだ終わっていなかった。

 夜明け前の薄明が、ようやく大きな窓を透かし始めた、そのときだ。四方から立て続けに破裂音が響く。閃光弾がガラスを叩き割り、居間の中央で炸裂した。

「——っ、あああ!」

 思わず叫び、両目を押さえる。

 次の瞬間、屋敷の扉が暴力的に破られた。銀の十字弓を構えた男たちが、十数人、雪崩れ込んでくる。先頭に立っていたのは黒木の狩人一族、その族長——老いた狂人アルポル。

 アルポルは大股で私の前に来ると、軍靴で私の手の甲を容赦なく踏みつけた。

「高貴なるエウィラー嬢。久しいな」アルポルが嘲るように笑い、短剣の切っ先を喉元へ押し当てる。「黒木の領分に侵入とは……今夜はずいぶんと度胸があるじゃないか」

「侵入……?」口の端から血が溢れた。それでも視線は逸らさない。

「私はこの屋敷から一歩も出ていない」

「いまさら見え透いた言い逃れか」アルポルは鼻で笑い、深紅のドレスを私の顔に叩きつけた。

 ——私がいちばん気に入っていた一着。

 それに、昨日クレアが試着していた、あのドレス。

 その一瞬で、頭の中に答えが走った。

 アサーの馬鹿。あんな安物の香水で吸血鬼の腐りかけた匂いが消えるはずないと分かっていながら、クレアを喜ばせたいだけで使ったのだ。連中は黒木の領地にこっそり忍び込み、監視網に丸ごと捉えられたに違いない。生きるか死ぬかの土壇場で、全員を逃がすために——アサーはわざと私のドレスを置き去りにした。現存最強の吸血鬼が先導して侵入した、という偽の痕跡を作り、私に全部の罪を被せるために。

「……違う。これは、私じゃない!」怒りが喉を震わせ、低い唸りになる。

 だが返ってきたのは、アルポルの蹴りだった。腹を穿たれ、私は苦痛に身体を折り畳む。

 粗悪な豚血の反噬で、今の身体は骨抜き同然。抵抗などできるはずがない。狩人たちが、鉤の付いた銀の縄で私をきつく縛り上げ、屋敷の外の芝生へ引きずり出した。

 夜明けが迫り、空が危険な白み——魚の腹のような色に染まり始めている。

 殴られ、蹴られ、半殺しにされて意識が遠のきかけたころ、アルポルがふいに背を向け、背後の闇へ手で合図した。

「出てこい、ビンセント」

 黒いコートをまとった若い男が、影の中からゆっくりと姿を現す。

 アルポルは一歩退き、聖水をたっぷりと染み込ませた銀の長剣をビンセントへ差し出した。声には、隠しもしない侮蔑と施しの響きが混じる。

「ビンセント。おまえの体には、こいつら化け物を癒やすなどという、吐き気のする異端の血が流れている。黒木の一族は長年それを我慢してきた……今が忠誠を証明する時だ」

 アルポルが地に転がる私を指さし、残酷に笑った。

「その剣で、この女の喉を自分の手で裂け。現存する最強の吸血鬼を処刑できたなら、家はおまえの呪われた身体を赦してやる」

 私は力なく顔を上げ、ビンセントの瞳を見た。

 彼は長剣の柄を強く握り締める。夜明けの光が薄く差し込む中、こちらへ——一歩、また一歩と、確実に距離を詰めてきた。

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