第4章
それは、かつて私がなりふり構わず身を捧げ、数え切れないほどの便宜と寵愛を与えてきた男――アサー。
その男が今、病人めいているはずの顔をどこへやったのか。淫らな熱を纏った仕草でクレアをソファに押しつけ、逃がさぬほど深く口づけている。
「んっ……アサー、だめ……エウィラーお姉さまが戻ってきたら、どうするの?」クレアは嫌がる素振りをしながらもくすくす笑い、腕は男の首にきつく絡みついていた。
「――あの馬鹿女か?」アサーは毒のある嘲笑を弾けさせる。
「たぶんアルポルの狂犬どもに、もうミンチにされてるさ! 俺はあいつの冷蔵庫に、汚ねえ豚の血と抗凝固剤をたっぷり混ぜてやった。下水の鼠ですら口にしたら吐き戻す代物だ。力を失ったあいつに、足掻く資格なんざねえ。笑えるよな。聖女ぶって上から目線で説教してるくせに、俺はあの偉そうなツラを見るたび反吐が出る!」
クレアが喉を鳴らして笑う。
アサーは愛しげに彼女を見つめた。
「それが、お前の望みだったんだろ? これでこの屋敷も、あいつの財産も全部――俺たちのものだ」
爪が掌を突き破った。じわりと、血の熱。
――単なる探検なんかじゃない。最初から最後まで、アサーとクレアが組んで仕掛けた死の罠だった。私の甘さにつけ込み、私を狩人の処刑台へと差し出したのだ。
怒りに任せて扉を蹴破ろうとした、その瞬間。
背後から、氷みたいに冷たい手が私の目を覆った。
「見るな、エウィラー。あいつらは、お前の目を汚す価値もない」ビンセントが耳元に寄り、熱い息が首筋へ降りかかる。
私はその手を乱暴に払いのけ、振り返って彼を睨みつけた。
「復讐する」掠れた声が喉から漏れる。
「アサーに、私を裏切った『家族』全員に、黒木家族に……骨の一本一本まで、粉になるまで潰してやる!」
ビンセントは迷いもしなかった。顎を上げ、シャツの襟元を引き裂くように開き、脈打つ喉元の柔らかな線を無防備に差し出してくる。
「なら、やれ。――俺の女王」彼は目を閉じた。目尻から、昂ぶりきった涙が一粒こぼれ落ちる。震える声は、祈りそのものだった。
「俺の血で怒りを鎮めろ。俺の命で……お前の王座を、もう一度打ち直せ」
私はためらわず飛びかかった。鋭い牙を突き立て、皮膚を貫き、深く――大動脈へと食い込ませる。
