第1章
「お姉さま、ヴァレリウスと私は、もう羽根交わしの契りを結んでしまったの……。もし彼と結婚できなかったら、反動で私が壊れてしまう。翼は枯れて、もう二度と誰とも契りを結べなるのよ!」
リサンドラは襟元を引き下げ、鎖骨の近くに埋め込まれた、金色に輝く羽根をこれみよがしに晒した――金鷲一族の印。
もう一度目を開けたとき、悪夢の血塗られた祭壇の代わりに、目が眩むほど豪奢なアウレリアの水晶宮殿が広がっていた。
リサンドラは父上と私の前にひざまずき、涙で頬を濡らしている。
だが伏せた瞳の奥には、前世で見たのと同じ、貪欲で計算高い光が宿っていた――私の腹を裂き、子を奪ったときの、まさにあの目。
その瞬間、確信した。彼女もまた、転生している。
私は掌に爪を食い込ませた。痛みで正気を繋ぎとめ、今すぐ彼女を引き裂きたい衝動を押し殺す。
「リサンドラ……どうしてこんなことを。ヴァレリウスはお前の姉の婚約者だ。金鷲一族の後継者なのだぞ!」
父上の声は無力に震えていた。けれど、私は父上をよく知っている――その決意は、もう揺らぎ始めている。
父上は昔から、「無垢」な妹を贔屓してきた。侍女に産ませた庶子である彼女を、亡き母への罪悪感からか、過度に甘やかしたのだ。
父上の目には、純粋な白鳥の血を引く正統な長女である私など、彼女の涙一つにすら敵わない。
前世と同じ。裏切られてなお、父上は最後には彼女を「愛のために勇敢に選んだ」と讃えるのだろう。
前世の私は、ヴァレリウスとの契りの儀を終えた。
二か月後、身ごもった。
私は彼のために聖なる卵を産み、その卵から孵った雛は、混じりけのない金の翼を持っていた。白鳥の血統と、ヴァレリウスの太陽の魔力を受け継ぎ、天空の都の絶対の支配者となって、金鷲一族を空前の繁栄へと導いた。
一方、名門との結びつきを求めたリサンドラは、銀隼一族の後継者を選んだ。
だが彼女は知らなかった。その結婚が、哀れな笑い話に過ぎないことを。名門の後継者の正体は、卑劣な操り人形で、密かに「腐羽の呪い」に侵されていた。契りを介して伝播するその呪いは、翼を腐らせ、狂気を呼び、そして子を成す力を奪う。
呪いに蝕まれたリサンドラは子を成せぬ身となり、狂い、翼を失い、銀隼の者たちに追放された。
彼女は自らの不幸を私のせいにした。私の伴侶と、強大な子への嫉妬に呑まれて。
金鷲の戴冠の前夜、彼女は「許しを乞う」という名目で私を実家へ誘い込み、禁じられた血の陣を起動させた。
前世の記憶が、脳裏に閃光のように走る。彼女は毒の刃で私の翼を斬り落とした。笑いながら腹を裂き、二つ目の卵と血統の力を抉り出し、それを腐りゆく自分の身体へ移し替えようとしたのだ。
「あなたが死ななきゃ、私に順番は回ってこない! どうしてあんたが、この空の唯一の主でいられるのよ!?」
リサンドラの嗤い声が、耳の奥に焼きつく。
「セラフィナ?」
憎悪に囚われた私を、父上の声が引き戻した。
「この件、お前はどう考える?」
見下ろしたリサンドラへの憎しみは、天空の都すら焼き尽くせるほどで、私を飲み込もうとする。
嵐を呼び、首を折り、彼女の本性を世界に晒したい。だが理性が、衝動に鎖をかけた。
あの傲慢な金鷲が欲しいのね、妹。なら、くれてやる。伴侶を密かに吸い尽くす血筋――その「立派な」血統に、あなたが灰にされていくのを見届けてあげる。
「もう契りを結んだのなら、済んだことです。裏切り者の羽など、こちらから願い下げです」
私の声は氷のように冷たかった。
リサンドラの顔に驚愕が走り、次の瞬間には、抑えきれない歓喜に塗り替わる。
「本当に? お姉さま、じゃあ私に――」
「ええ」
私は言葉を断ち切った。
父上は安堵の息を吐いた。
「リサンドラ、お前は姉に借りを作ったぞ。セラフィナの寛大さが、お前の望みを叶えたのだ」
「必ずお礼をします!」
リサンドラは床から跳ね起きると、私が気が変わる前にとでも言うように飛び出していった。金鷲一族へ勝利を告げるために。
父上は末娘の去っていく背を、満足げな光を宿した目で見送った。
だが扉が閉まった途端、その慈愛は消え、冷たい計算だけが顔に浮かぶ。
「セラフィナ」
父上の表情が厳しくなる。
「金鷲との縁は失ったが、お前の純血なら、まだ手はある。雪梟一族の若様がちょうど成人した。あの一族は水晶核の交易を独占し、莫大な富を持つ……」
「嫌です」
「私の選択は、もう決まっています」
私は父上の呆然とした目をまっすぐ見据えた。
「影鴉一族のコルヴスと契ります」
父上の顔から血の気が引いた。
「正気か!? 影鴉族だと? 奈落に留まる呪われた鳥どもだぞ! それにコルヴス……あいつの翼は昔に折られている。あれは不具者だ!」
数世紀前、影鴉一族は天空の都の四大一族によって追放された。飛翔の権利を奪われ、死の象徴として、陽の射さぬ奈落の辺境を彷徨う賤民へと落ちたのだ。
アウレリアの歴史において、純血の娘が鴉と契るなど前代未聞だった。世間にとって、あの穢れた血は、空に届く子を生むに値しないものだった。
けれど前世、血の陣に囚われ、死を目前にした私は見た。天を裂いて落ちてくる、黒い影を。
コルヴスだった。
折れた翼の灰色の鴉。世界に唾を吐きかけられたその男が、血に染まった翼を引きずりながら、聖騎士団ですら傷一つ付けられなかった禁断の結界を、体当たりで叩き割ったのだ。
深紅の瞳には、上位の鳥人たちにありがちな傲慢な優越など、欠片もなかった。
彼はすべてを投げ打って、血溜まりの中から私を引きずり出そうとした。けれど結局、間に合わなかった――あと一歩、遅かった。
