第112章

たとえもう何か月も顔を合わせていなくても、小林暁の胸は、男のその呼び声ひとつで揺れた。

一瞬、呆ける。失望と苛立ちが腹の底でじわりと膨らむ。――崎原時男は、話をつけに来たのだ。子どもはもう生まれた。自分は用済み。そう決めつけた。

けれど暁が振り返った瞬間、心の奥で増殖しかけていた暗い感情は、ぴたりと止まった。まるで陽の光に触れたみたいに、さっと引いていく。

……ただし、そこにあったのは陽光なんかじゃない。砕けて、青白い崎原時男だった。

彼は車椅子に座っていた。ゆったりした白い長袖の服。肩と首筋だけで身体を支えているような姿は、形だけは整っているのに、どこか危うい。暁は、こんな彼を見た...

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