第60章

それでも――藤原空人の窮状を知る者は、誰ひとりいなかった。

彼は後部座席に腰を沈め、耳元では成田七海の途切れないおしゃべりが続く。よく回る口だ。天気から噂話まで、話題はどこへでも飛ぶ。

普段なら藤原颯斗も、適当に相槌を打って聞き流すくらいの余裕はあったはずだ。だが今は違う。脚を組み、笑みを貼り付けたまま、ただ頷くので精一杯だった。

しかも女が落ち着かない。左右に揺れるたび、酒気に混じったかすかな甘い香りが鼻先をかすめる。

藤原颯斗の脳裏に、さっきの席で飲まされた「何か入り」の一杯がよみがえった。視線を横に滑らせると、隣の女の頬が赤い。アルコールのせいか、窓外のネオンのせいか――どちら...

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