第92章

男がその言葉を言い終えると、視線をすっと引いて小林暁へ落とし、けれどすぐにそらした。何事もなかったかのように、また秘書と話を続ける。

『わかった。すぐ行く』

少しだけ急いた口調。なだめるみたいな、その声音だ。

――その「なだめ」が、秘書の背後にいる小林光に向けられたものだと、この場の誰もが察していた。

成田七海は横で見ていて、暁の耳元へ顔を寄せ、声を落として言う。

『小林ゆき絡みじゃない?』

暁は表情を変えない。七海を一瞥しただけで、わずかに顎を引き、口元を袖で隠すようにして囁いた。

『さあ。でも、もしそうなら――こっちに都合がいいかもね』

崎原時男の様子を見るに、小林ゆきの...

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