第98章

女の甘えは、この瞬間――崎原時男には、もうまるで効かなかった。

男は伏し目になり、その手に視線をほんの一瞬だけ落とすと、何事もなかったようにするりと引き抜く。腕を後ろへ回し、小林ゆきの背にふわりと添えた。澄んだ声。探るような響き。

『今日、ショッピングモールに行ったって聞いたけど。どうして何も買わなかった?』

ただ不思議に思っただけ、という口ぶりだった。

以前の小林ゆきなら、モールへ行けば、欲しいものを根こそぎ抱えて帰ってくる勢いだったのだから。

それが今回は、ひとつも買っていない。さすがに珍しい。

小林ゆきもそこは自覚している。だが、わざわざモールへ行った本当の目的は言えない。...

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