第3章

夏目結奈視点

L市の午後の陽光は、M市の刺すような日差しよりは優しく、L市にある私のマンションの、床から天井まである窓から差し込み、あらゆるものを黄金色に染め上げていた。

最後のスーツケースを寝室に引きずり込んだ、ちょうどその時、廊下を車輪が転がる音が聞こえた。

誰か引っ越してきたのかしら?

私はドアに歩み寄り、覗き穴から外を窺った。廊下の向かい側で、一人の男が鍵をもたつかせながら立っていた。

それは、目を逸らすことのできないほど印象的な顔立ちだった――雑誌の表紙を飾るような容姿の男。

でも――

視線が、彼の足元に落ちる。

彼が持っているのは、たった一つのスーツケースだけ。この界隈に越してくる人間にしては、あまりにもみすぼらしい荷物だ。

ここは一等地だ。家賃は月二十万円から、しかもそこから上がる一方というような場所。こんな場所にスーツケース一つで引っ越してくる人間なんていない――誰かに費用を負担してもらっている仮住まいの住人でもない限り。

結城隼人、仕事が早いわね。

私は一人、口の端を吊り上げた。

L市に来て二十四時間も経たないうちに、彼の駒がもう現れるなんて。しかも、あまりにも分かりやすいお膳立て。私の真向かいに住み、見た目はど真ん中のタイプ、タイミングも怪しいくらいに完璧。

十分ほど待ってから、わざと物音を立ててみる。案の定、ドアがノックされた。

「はあい」

私はとびきり無邪気な笑顔でドアを開けた。

「こんにちは。向かいに越してきた一条蒼真です」

彼の声は心地よく、わずかに恥ずかしさがあった。

「これからお隣さんですね。よかったら連絡先を交換しませんか?」

彼は話すとき、計算された愛想を振りまく男たちとは違って、まっすぐに目を見てきた。どこか純粋に実直な雰囲気があった。

面白い。

結城隼人が送り込んできたのなら、大抵の人間はもっと必死に私に取り入ろうとするはずだ。でも、この一条蒼真という男は……誠実、なのか?

「ええ、もちろん」

私はスマホを取り出し、わざと手を止めた。

「結城隼人から、私の連絡先は聞いてないの?」

一条蒼真は一瞬ためらった後、正直に頷いた。

「聞きました。でも、一方的に登録するより、あなた自身の意思で俺を登録してほしかったんです」

私は片眉を上げた。

意表を突かれた。結城隼人に雇われた人間なら、彼のことを知らないふりをするか、私の素性を知らないと嘘をつくかのどちらかだ。なのに一条蒼真は、正直さを選んだ。

「喜んで」

私は自分の番号を打ち込み、彼を見上げた。

「まずは部屋の片付けを済ませて。夕食の前に、結城隼人に提出した履歴書をデータで送ってくれる?」

「……分かりました」

一条蒼真は複雑な表情を浮かべたが、頷いた。

ドアを閉め、そこに寄りかかると、笑みがこぼれるのを抑えきれなかった。

このゲーム、思ったより面白くなってきたじゃない。

―――

午後六時、スマホがメッセージの着信を告げた。

一条蒼真から、詳細な履歴書が送られてきていた。二十七歳、美術大学卒業、L市でフリーランスのアーティストとして活動、高額な手術を必要とする妹がいる。

ざっと目を通し、私は返信した。

「お手並み拝見といきましょうか」

すぐに返事が来た。

「ご期待に沿えるよう、誠心誠意務めます」

その返信を数秒見つめてから、私は噴き出した。

務めます?

なかなかに明け透けな言葉選びだ。どうやら一条蒼真は、自分の役割と使命をはっきりと理解しているらしい。

でも、私が驚いたのは、その履歴書の正直さだった。誇張もなければ、意図的な省略もない。家族の経済的な苦境についてさえ、包み隠さず書かれていた。

結城隼人に長年育てられただけあって、彼は私のことを本当によく分かっている。私には、お金のない男に弱いという性癖があるのだ。

同情を引くために貧乏を装うタイプではなく、才能はあるのに不遇な目に遭っている、本物の人間。結城隼人は、私がその組み合わせに全く抵抗できないことを知っていた。

私は履歴書を三度読み返し、結城隼人の選考基準を分析し始めた。

外見――私の長年の交際相手の好みに合致。

年齢――二十七歳。私より五歳年上で、ジェネレーションギャップを感じさせない程度には大人。

経歴――才能はあるが金銭的に困窮しているアーティスト。私の庇護欲を完璧に掻き立てる立ち位置。

性格――先ほどのやり取りから判断するに、正直で実直。嘘をつかれていると感じさせないタイプ。

結城隼人、あの食えない古狸め。

私の好みを細部まで把握し、私にぴったりの「獲物」をあつらえてきたというわけだ。

でも、彼はおそらく、私がこの手を予測していたことまでは知らなかっただろう。

彼がこのゲームをやりたいというのなら、一生忘れられないような芝居を見せてあげる。

―――

午後八時、私は念入りに化粧を直し、結城隼人にビデオ通話をかけた。

彼はすぐに出たが、目の下には隈ができていた。明らかに、よく眠れていないのだろう。

「結奈」

彼の声は、相変わらず抑制が効いていた。

「L市には慣れたか?」

「最高よ」

私はカメラに顔を近づけ、自分の表情が彼にはっきりと見えるようにした。

「実は、あなたに良い知らせがあるの」

結城隼人の眉がわずかにひそめられる。「何の良い知らせだ?」

「信じられないくらい素敵な人が、私の部屋の向かいに引っ越してきたのよ――もう、ものすごく格好良くて、完全に私のタイプ!」

私の声は、あからさまな興奮に弾んでいた。

「隼人、私、もう彼に恋しちゃったかも。近いうちに、あなたの義理の息子に会うことになるかもしれないわよ!」

結城隼人の顔色が一瞬で変わった。

彼は平静を装おうと努めていたが、コーヒーカップを握る手にわずかに力が入ったのが見えた。

「そうか」

彼の声は落ち着いているように聞こえたが、その下に隠された苛立ちが透けて見えた。

「彼と知り合ってどれくらいだ?」

「今日会ったばかりよ。でも、分かるでしょ、こういうのって――一瞬の出会いっていうか」

私は大げさにため息をつき、恋する乙女の表情を全力で作ってみせた。

「名前は一条蒼真。アーティストなの。ああ、隼人、彼の目を見せてあげたいわ――本当に吸い込まれそうなんだから」

結城隼人の表情は、刻一刻と険しくなっていく。

「結奈、君はL市に着いたばかりだ。まだそこの人間を何も知らない」

彼の声が真剣みを帯びた。

「友達を作るのはいいが、誰かを簡単に信用するな」

「どういうこと?」

私は戸惑ったふりをした。

「彼が危険かもしれないってこと?」

「そうは言っていない」

結城隼人はこめかみをもんだ。

「ただ、注意しているだけだ」

「心配しないで、ちゃんと気をつけるから」

私はわざと間を置いてから、付け加えた。

「でも、私、本当に彼のことが好きなの。隼人、今度こそ本物かもしれない」

結城隼人の顎に力が入るのが見えた。

「付き合うのは構わん。ただ、安全には気をつけろ」

彼はそう言うと、すぐに通話を切った。

私は真っ暗になった画面を見つめ、こらえきれずに笑い出した。

結城隼人、本当に馬鹿な人。あなたが全てを操っているつもりでいるけれど、実際には、まんまと私の罠にハマっているのよ。あなたが気にすればするほど、嫉妬すればするほど、私があなたにとってどれだけ大事か証明することになるんだから。

そして、この一条蒼真は……。

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