第5章

有栖川礼希視点

昨夜の喧嘩の後の沈黙が、嵐の前の暗雲のように家全体に垂れ込めていた。

江奈さんはいつものように明るく振る舞おうとしていたけれど、成宮涼は朝食を無視してコーヒーだけを手に二階へ消えてしまった。上からはキャンバスを叩きつけるような筆の音――肌が粟立つほど神経質な、あのリズムが聞こえてくる。

午後六時、江奈さんが美術部の会合へ出かけていった。彼女がいなくなると、二階の絵を描く音は止み、代わりに落ち着きなく歩き回る足音が響き始めた。

ドアベルの音に、びくりと肩が跳ねた。

玄関ポーチには川崎海が小さな箱を手に、あのトレードマークの穏やかな笑みを浮かべて立っていた。...

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