第8章

 ターミナルの無機質な蛍光灯が、床の上に長い影を落としていた。

 私たちの前に立ちはだかる善明。その両目は赤く充血し、狂気じみた形相を浮かべている。

「亜澄、頼むッ」善明は荒い息を吐きながら、一歩踏み出してくる。

「書類はもう用意させてあるんだ。西原家の資産の五〇パーセント、それに時雄の親権もすべて君に渡す。条件なんて何一つつけない。戻ってきてさえくれれば、パリだって、ロンドンだって、君の好きな場所で暮らせるんだ」

 私は彼を見つめた。ここ数年で初めて、善明という男を真正面から値踏みするように。

 そこにはかつて私を支配し、心を削り取り、不平等な愛を強要した恐ろしい夫の姿はなかった...

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