第152章

伊井瀬奈はお爺さんを安心させる言葉を選び、優しく声をかける。その背中に、慣れ親しんだ体温と彼特有の香りを纏ったジャケットがふわりと掛けられたことに、彼女は気づかなかった。

顔を上げて彼を見つめる。その瞳には拒絶の色が満ちていた。『いらない!』と、そう告げているかのようだ。

その眼差しに、黒川颯の心は千々に乱れた。

あの狐のような瞳は、いつも彼を見ていた。かつては、にこやかに彼の首に腕を回して甘え、帰りが遅いこと、夕食を食べなかったこと、彼女が作った夜食を褒めてくれなかったことに文句を言う彼女が好きだった。

だが今のその眼差しはあまりにも見知らぬもので、二人がもうこれ以上共に過ごすこと...

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