第363章

伊井瀬奈は唇をきゅっと結んだまま、何も言えなかった。彼に何かを約束するなど、とてもできることではなかった。ここ数年、彼女の心は恋愛というものに対して、ある種の抵抗感を抱いていた。

 愛情に対しては畏敬の念を抱いており、心の底でささやかな期待がなかったと言えば嘘になる。けれど、もう一度試してみる勇気はなかった。

 人生に、何度も何度も試行錯誤をさせてくれる機会など、そうそうあるものではない。

 黒川颯は彼女が黙っているのを見て、自嘲気味に笑うと話題を変えた。

「お腹いっぱいになったか? 食べ終わったなら出発しよう」

 黒川颯がスマホで運転代行を呼ぶと、数分もしないうちに代行業者から電...

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