第1章
川島沙也加視点
「皆様、ご紹介いたします。私の芸術の女神にして、私の存在理由――川島沙也加です」
高橋涼の手が、所有欲を滲ませるように私の肩に置かれた。その感触は甘く、同時に少し息が詰まるようだった。
「今夜は、彼女の素晴らしい才能を祝うためのものです」
私は高橋涼が念入りに選んでくれた白のシルクのドレスをまとい、自分の写真シリーズの前に立っていた。ゲストたちが作品を賞賛する中、優雅な微笑みを保とうと努める。
ギャラリーオーナーの山口直樹氏が、プロとしての賞賛の眼差しを輝かせながら近づいてきた。
「この写真は驚くほど親密な感じですね、川島さん。アイデンティティに関する何か生々しいものを捉えている」
壁にかけられた自身のシリーズ『鏡と真実』に目をやる――すべてがアイデンティティと自己認識をテーマにした作品群だ。
それがどれほど皮肉なことになるか、その時の私はまだ知る由もなかった。
「ありがとうございます、山口さん。このシリーズは私にとって全てなんです」
胸の内に込み上げてくる説明のつかない緊張を和らげるため、私はシャンパングラスを掲げてそう言った。
「今夜の君は本当に綺麗だよ」
高橋涼が私の耳元で囁いた。彼の唇がこめかみを掠めると、周りのゲストたちが温かい笑い声を上げた。
すべてが完璧だった。まるで、周到に演出されたおとぎ話のように。
午後八時半、あの忌々しい電話が鳴るまでは。
それは特別な着信音だった――高橋涼が他の誰かに対して使っているのを聞いたことがない音。賑やかなギャラリーが彼の意識から消え去ったかのように顔面を蒼白にさせると、彼は隅の方へ駆け足で向かい、電話に出た。
「もしもし?」
彼の声は微かに震えていた。
電話の向こう側で女性が泣いている声しか聞き取れなかったが、言葉は分からなくても、そのすすり泣きに込められた絶望が私の心臓を早鐘のように打たせた。
「泣かないで、今すぐ行くから」
高橋涼は、私が今まで聞いたことのない優しさと切迫感で、その言葉を繰り返した。
電話を切った後、彼は慌てて私の元へ駆け戻ってきた。展示台の上に置いた、あれほど大切にしているキヤノンカメラのことさえ忘れている。
「急ぎの仕事が入ったんだ。ゲストの対応、任せてもいいかな?」
彼は私の目を避け、義務的なキスを頬に残した。
「どんな仕事がそんなに急ぎなの?」
彼の腕を掴むと、その体の緊張が伝わってきた。
「ただのビジネスだよ。できるだけ早く戻るから」
彼はすでに自分のコートを探していた。
そして彼は行ってしまった。次第に気まずくなっていく雰囲気の中に、私を一人残して。
囁き声が群衆の中に広がり始めた。
「石田美咲が戻ってきたって?高橋涼がパニックになるわけだわ」
シャネルのスーツを着た女性が声を潜めて話す。
「かわいそうだね。自分がただの代役に過ぎないって、気づいてないのかしら?」
別の声がそれに続いた。
心臓が激しく脈打ち始める。石田美咲?彼女が、戻ってきた?
「三年経っても、高橋涼は石田美咲の影から抜け出せないのね」
三番目の声が加わった。
「パリ・ファッションウィークでの帰還は、ファッション界でかなりの話題を巻き起こしたから」
私は無理に笑顔を保ちながら、高橋涼からのメッセージがないか、絶えず携帯をチェックしていた。しかし、何もなかった。
午後十時になる頃には、ギャラリーは静まり返っていた。床から天井まである窓からL市の夜景が淡い光を投げかける中、私は独り、自分の写真シリーズの前に佇んでいた。皮肉にも『鏡と真実』というテーマを見つめながら。
ついに、携帯が震えた。
『ごめん。石田美咲がパリから戻って、急ぎで俺を必要としてる。埋め合わせは必ずする。約束だ』
その冷たく短いテキストを、私は顔を平手打ちされたような衝撃でただ見つめていた。石田美咲。その名前が今、警告信号のように私の頭の中で燃え上がっていた。
遠くでカメラのシャッター音がした――おそらく、後片付けをしているカメラマンだろう。
奇妙なことに、その音を聞くとポーズを取りたくなった。体がほとんど反射的に姿勢を正してしまう。
ただの職業病よね?私は自分にそう言い聞かせたが、心の中の不安はますます強くなる。
アイデンティティの認識について撮った自分の写真を見回すと、それらが今や私を嘲笑っているように見えた。
鏡と真実?高橋涼の心の中での自分の本当の居場所さえ、私は知らなかった。
一体、石田美咲は何しに帰ってきたっていうのよ?
その問いが頭の中で響き渡る。遠くで再び響く、乾いたシャッター音と共に。そして私は、この空っぽのギャラリーに、忘れ去られた展示品のように立ち尽くしていた。
ジャズの音楽は止まっていた。シャンパンは泡が抜けていた。そして街のどこかで、高橋涼は別の女性を慰めるために駆けつけている。その女性の涙は、私の輝かしい夜の全てよりも、彼にとって意味があるのだ。
私は自分の写真の一枚に指先を這わせた――本物のアイデンティティとは何かを問いかける、一枚の自画像に。
カバーガラスの反射に、自分が映っていた。美しく、成功していて、そして、完全に孤独な私が。
そして初めて、私は本当の自分というものを、果たして分かっているのだろうかと、そう思った。







