第4章

川島沙也加視点

私はキッチンで、高橋涼の朝食を準備していた。昨夜の石田美咲とのビデオ通話の後、私たちは一言も口を利いていなかったけれど、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

突然、スマホが爆発したかのように通知で溢れかえった。

SNS、週刊文秋――手榴弾のように画面を爆撃するアラート。

何気なく通知を一つ開いた瞬間、私の世界は完全に崩壊した。

週刊文秋の見出しが、血のような赤い文字で燃え上がっていた。『高橋涼、スーパーモデル石田美咲と情熱的な空港キスで復縁か』

添えられていたのは、高解像度のパパラッチ写真。高橋涼が石田美咲を強く抱きしめ、熱烈なキスを交わしている。タイムスタンプは昨夜、午前1時45分。

震える指で、高橋涼に電話をかけた。「ねえ、涼……ネットに写真が……説明して……」

「忙しい。後で話す」。彼の声は氷のように冷たく、電話は一方的に切られた。

私はリビングのソファに座り込み、ノートパソコンを抱きしめた。画面には、ますます青ざめていく自分の顔が映っている。ソーシャルメディアは完全に炎上していた。

「やっと偽物を捨てて本物を選んだか」

「引き際を知らない女ってみっともないね」

「可哀想な代用品の女、ついに捨てられたか」

「石田美咲の劣化コピー、格が違いすぎる」

誰かが私の個人情報を晒し、学歴や経歴を嘲笑っていた。必死でコメントを削除したが、多すぎる――ウイルスのように拡散していく。

とうとう、私は全てのSNSを閉じた。

「みんな分かってない……彼は私を愛してる……これは何かの間違いに決まってる……」私は膝を抱えて泣いた。

午後の静寂を、黒いポルシェのエンジン音が引き裂いた。高橋涼が血相を変えて飛び込んできて、全てのニュース記事を印刷したものを握りしめていた。

「てめえ、マスコミに私たちのプライベートをリークしやがったな!気でも狂ったのか!」

彼の顔は真っ赤に染まり、血管が浮き出ていた。

「そんなことするわけない!愛してるのよ、どうしてあなたを傷つけたりするの?」

私は泣きながら身の潔白を訴えた。

「じゃあ、どうして奴らは私たちの居場所を知ってたんだ!」

説明したかったが、彼はすでに化粧台の上にある抗うつ剤のボトルを見つけていた。

「その抗うつ剤までか!石田美咲が不安症だからって、それも真似するのか?」

彼の嘲笑は、ナイフよりも深く私を切り裂いた。

「誰の真似もしてない!私はただ……ただ、生き延びようとしてるだけなのに!」

その時、リビングの中央で――

乾いた平手打ちの音が、部屋中に響き渡った。

私は床に座り込み、腫れ上がった頬を覆った。鼻から流れた血が白いカーペットに滴り、濃い赤色の染みを作っていく。

「くそっ……沙也加……そんなつもりじゃ……」

高橋涼はすぐに我に返り、必死にティッシュを掴んで私の鼻血を止めようとした。

けれど、彼の瞳から怒りが完全に消え去ってはいないのが分かった。

「本当にごめん。ただ……石田美咲が傷つくのを見ると、俺、おかしくなっちまうんだ。君を愛してるのは分かってるだろ」

彼は膝まずいて謝った。

「分かってる……大切な人を守ろうとしてるだけなんでしょ……」

口の中に広がる血の鉄臭い味を堪えながら、私は途切れ途切れに言った。

高橋涼は、あの宝物であるハッセルブラッドのカメラを取り出した。

「これは俺たちの仲直りの証だ。これで俺たちは前より強くなる」

彼は写真を撮りながら言った。

カシャッ。

まだ顔に血がついたままでも、鼻がまだ痛んでも、その聞き慣れたシャッター音に、私は思わず微笑んでいた。体は自動的にポーズを調整し、彼の撮影に協力する。

「お願い、私を捨てないで……」私は懇願するように囁いた。「何もリークしてない。誓うわ」

陽が沈み、オレンジがかった赤い光が床から天井まである窓を通ってリビングに差し込む。私はハッセルブラッドのレンズに血が一滴ついているのに気づいた。

「レンズに血が……」

私はそっと言った。

「一滴だろ。カメラは君の美しさをちゃんと捉えてる」

高橋涼は無頓着に答えた。

私は袖でそっと血の染みを拭い、カメラのディスプレイに映る、腫れた顔と無理に作った笑顔の自分を見つめた。

彼は正しい……傷ついてさえ、私は彼を愛している。これが私たちの愛が本物である証拠なんだ。

私は静かにそう思った。

高橋涼は満足げに写真を確認した。

「ほらな?傷ついていても、君は綺麗だ」

「涼、お願いだから捨てないで」私は彼の手を掴んだ。「私、変われるから。石田美咲みたいに、もっと良くなれるから……」

「どこにも行かないさ」彼は優しく私の頬に触れた。「でも、その狂った行動はやめないとダメだ」

主寝室のバスルームで、鏡に向かって顔の傷の手当てをした。青白い照明が、全てをひどく冷たく見せる。

「彼は悪くない。仕事のストレスが溜まってるだけ」

私は鏡の中の自分に微笑みかける練習をした。

ボトルから抗うつ剤を多めに注ぎ出す。

「今夜は二錠だけ。彼のために強くならなきゃ」

寝室に戻り、ハッセルブラッドが撮った「仲直りの写真」を見つめながら、これが私たちの愛の証なんだと自分に言い聞かせた。

「ほらね?私たちは大丈夫。愛はいつも完璧じゃないけど、本物なの」

私はカメラを抱きしめて眠りに落ちた。その金属の表面は、まだ私の血の温かさを帯びていた。

彼は私を愛してる。カメラは嘘をつかない。

……本当に、そうなのだろうか?

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