第5章
高橋涼視点
会議室のテーブルに座り、PRマネージャーの上田沙織が忌々しい報告書をめくる音を聞いていた。
「あなたのブランドは赤字を垂れ流しているわ、高橋涼。プレイボーイのイメージのせいでスポンサーが次々と手を引いているの」
上田沙織の声は刃物のように鋭かった。
「空港での写真が全てを台無しにした」
私はこめかみをもんだ。クソッ、あの夜、石田美咲を車に乗せなければならなかったばかりに、何もかもがめちゃくちゃだ。
「公の場での婚約を発表することをお勧めします」
アシスタントが企画書を差し出してきた。
「献身的な恋人であることを証明し、イメージを回復させるのです」
婚約?思わず笑いそうになった。だが、スポンサーからの契約解除メールに目を落とすと、その笑みはすぐに顔に張り付いた。
「いいだろう。婚約とやらをやってやる。だが、とことん派手にやれ。全てのメディアが取材に来るように仕向けろ」
上田沙織の目が計算高く光った。
「指輪はどうしますか?SNS映えするようなものがよろしいかと」
「それは私に任せろ」
二時間後、私はB市で最も高価な宝飾店の店内で、デザイナーが映し出す3Dモデルを見ていた。指輪のデザインは確かによくできていた――中央の大きなダイヤモンドが小さなダイヤモンドに囲まれ、ライカのレンズの絞り羽根を完璧に模している。
「愛というレンズを通して永遠を捉える――このデザインは唯一無二です」
デザイナーは誇らしげに言った。
「完璧だ。同じものを二つ作ってくれ。サイズは違うが、デザインは全く同じだ」
デザイナーの表情が微かに変わったが、すぐにプロの落ち着きを取り戻した。
「かしこまりました、高橋さん。秘密厳守が我々の信条ですので」
川島沙也加視点
日没のM市海岸は絵葉書のように完璧で、潮風が私の頬を撫でていく。私は興奮しながら、花の装飾を調整しているセットデザイナーたちに指示を出し、胸を期待でいっぱいにしていた。
「すっごくきれい!本当に私のためにこれを全部計画してくれたの?」
私は高橋涼に抱きつこうと振り返り、目に涙を浮かべた。
彼は電話中で、上の空で私の肩を叩いた。
「もちろんさ、君のためなら何でも。すまない、仕事の電話だ」
胸にちくりと痛みが走ったが、目の前の見事なセッティングにすぐに気も紛れた。白い薔薇、シャンパンタワー、そして計算され尽くした照明――全てが信じられないほど完璧だった。
どこからともなく現れた男が、スタッフに囁いている。
「照明は写真映えするように完璧に。絶対にトレンド入りさせないと」
私は訝しげに彼を見たが、彼はにっこりと頷いただけですぐに立ち去ってしまった。
午後八時、ゲストたちはテラスで半円を描くように集まり、プロのカメラマンやビデオグラファーが配置についた。波の音が完璧なサウンドトラックとなり、全てが映画のワンシーンのようだった。
その時、高橋涼が片膝をついた。
指輪がライトの下でキラキラと輝き、そのライカのレンズのようなデザインは、息をのむほど美しかった。
「川島沙也加、君は私のミューズであり、インスピレーションなんだ。結婚して、僕の永遠のモデルになってくれるかい?」
「はい、もちろん!愛してるわ!」
私は涙で声をつまらせ、視界がぼやける中でそう答えた。
ゲストたちの間から感嘆の声とカメラのシャッター音が沸き起こった。
「なんてロマンチック!」
「指輪がすごくいい!」
「お似合いのカップルだわ!」
夢を見ているみたいだった。この瞬間は完璧すぎて、まるで現実とは思えなかった。
その時、石田美咲が現れた。
彼女は人だかりの端から、最高の照明が当たる場所を計算し尽くしたかのように、まるで亡霊のように優雅な黒のイブニングドレスで現れた。
「ご婚約おめでとう。素敵な指輪ね、とても……見覚えのあるデザインだわ」
彼女はシャンパングラスを掲げ、その指にはライトの下で輝く指輪があった。
心臓が跳ねた。あの指輪……私のとそっくりに見える。
ゲストたちが囁き始めた。
「待って、彼女も同じ指輪をしてない?」
「そんなはずは……」
石田美咲は優雅に私に近づき、毒のように甘い声で言った。
「本当の賞品は、より優れた女が勝ち取るものよ」
十分後、私は化粧室に行くと偽って、密かに書斎へと向かう石田美咲の後を追った。近くで見る必要があった。自分が間違っていると証明する必要があったのだ。
だが、私は間違っていなかった。
「同じ目的のための、同じ指輪よ」
石田美咲はにやりと笑い、自分の指輪を誇示してみせた。
「あなたは表向きのショー、私が裏の宝物ってわけ」
私の声は震えていた。
「そんなはずない……高橋涼は私を愛してる……私にプロポーズしたのよ……」
「あら、お嬢ちゃん。この業界がどういうものか、本当に分かってないのね?」
パーティーは終わった。私はベッドの端に座り、指にはめられた指輪を見つめながら、混乱する頭で考えていた。
高橋涼は興奮した様子でソーシャルメディアをチェックし、トレンド入りした婚約のハッシュタグに満足していた。
「石田美咲の指輪、私のとそっくりだったんだけど……」
私は慎重に切り出した。
彼は顔も上げず、苛立った口調で言った。
「偶然だろ。デザイナーなんてアイデアを使い回すもんだ。考えすぎるな」
本当に考えすぎなのかもしれない。ただの偶然なのかもしれない。指輪は美しいし、彼は私を選んでくれた……。
暗闇の中で指輪の反射を見つめた。
「これは彼の愛の証……。たとえ石田美咲が同じものを持っていたとしても……私のものは特別なの……」
ベッドに横たわり、私は婚約指輪を固く握りしめた。
「私は高橋奥様になる……。大事なのはそれだけ……」







