彼は私より、死にかけている元カノの妹を選んだ

彼は私より、死にかけている元カノの妹を選んだ

渡り雨 · 完結 · 18.0k 文字

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紹介

私の婚約者が、亡くなった元カノの妹を妊娠させた。もう二ヶ月になる。

だが、彼の裏切りはこれが初めてではなかった。

二人がいたのは、さくらの墓前だった。武志(たけし)の初恋の相手で、六年前、彼の命を救った女性。

その妹の真奈美(まなみ)が彼に寄り添い、片手を自分のお腹に当てていた。
私は一メートルほど離れた場所に立ち、自分の婚約者が、彼の子を宿す別の女を慰めている姿を見つめていた。
そして私は、別れを決めた。

チャプター 1

 婚約者が、死んだ元恋人の妹を孕ませた。妊娠二ヶ月だという。

 だが、彼が私を裏切ったのは、これが初めてではない。

 私はさくらの墓前で二人を見つけた――武志の初恋の相手であり、六年前に彼の命を救った女性の墓だ。

 その妹である真奈美が彼の隣に立ち、片手をお腹に添えている。

 彼女が先に私に気づいた。

「琴里さん」。その声はあまりに軽く、憐れみすら帯びていた。

「まさか、ここに来るなんて思わなくて」

 武志が振り返る。その顎は強張っていた。

「真奈美が姉さんに会いたいと言うから。一人で来させるわけにはいかないだろう」。彼の視線が彼女の腹部に落ちる。

「この体なんだから」

 この体、か。

 私は白いワンピースの下で、微かに隆起した曲線を睨みつけた。

「どのくらいなの?」

 真奈美は伏し目がちに答える。

「十週です」

 十週。私が父を見舞っていた時期だ。あの時、武志は『家の用事』を片付けると言っていたのに。

「二ヶ月も知っていて、私には黙っていたのね」

「琴里――」

「一年前、彼女はさくらと同じ病気だと現れた。貴方は彼女のために全てを投げ出したわね。医者、専門家、治療……理解はしたわ。ただの罪悪感、ただの義務だと言い聞かせて」

 彼は何も言わない。

「半年前の家族の食事会――私たちの婚約を発表するはずだった夜――貴方は彼女を紹介した。『土室家にとって非常に重要な人物だ』と。私は間抜けのように立ち尽くして、皆が囁き合うのを聞いていたわ」

「琴里――」

「そして今、彼女は貴方の子を宿している」

 真奈美の瞳が潤んだ。彼女は震える声で、武志の袖を掴む。

「ごめんなさい、琴里さん……こんなことになるなんて、思ってもみなかった。私、ただ……もうすぐ死ぬから。お医者様も、出産までは持たないかもしれないって」涙が一筋、頬を伝う。

「母親になるのがどんな感じか、知りたかっただけなんです。一度だけでいいから。私が……」

 彼女は言葉を詰まらせ、武志の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。

 彼は彼女を抱き寄せ、低く優しい声で言った。

「大丈夫だ。泣くな。ストレスは体に障る」

 私は僅か数歩離れた場所で、自分の婚約者が、彼の子を宿した別の女を慰める様を見つめていた。

 真奈美が身を引き、涙を拭う。

「ごめんなさい……目眩が……」

 武志の全身に緊張が走る。

「どうした? 子供か?」

「少し、座りたくて……」

 彼は私を見た。罪悪感ではなく、苛立ちを込めて。

「琴里、君は先に島へ戻ってくれ。彼女を医者に診せないといけない」

「武志――」

「話は後だ」

 彼はすでに真奈美を車へ誘導し始めていた。その背に手を添え、低い声で慰めながら。

 彼女は一度だけ振り返った。涙の奥、私は見てしまった――一瞬だけ閃いた、氷のような冷たさを。

 そして彼女は彼に寄りかかり、再び啜り泣く声を上げた。

   ◇

 二時間後、私は銀行支店長のオフィスにいた。

「黒木様、全ての口座を解約するには七営業日ほどかかりますが」

「構わないわ」

 七日。あと七日だけ耐えればいい。

 私は彼が示した場所にサインをし、寒々しい午後の空気の中へと歩き出した。

 七日後、私は土室武志の人生から永遠に消え去る。

 船を降りた時、島の空気が違って感じられた。

 かつて武志は、ここで結婚式を挙げようと約束してくれた。海を見下ろす一族の教会で。彼は自ら式を演出し、誓いの言葉を手書きした。結婚式のために寝かせておいたヴィンテージワインが地下室に眠り、私のドレスもクローゼットで出番を待っている。

 だが、それらが使われることはもうない。

 私はスーツケースを取り出し、荷造りを始めた。

 作業が半ばに差し掛かった頃、船のエンジン音が聞こえた。

 手が止まる。

 誰もこの島には来ないはずだ。私と武志以外、誰も。それがルールで、約束だった。

 私は窓辺へと歩み寄る。

 先に武志が船を降り、振り返って真奈美が桟橋に上がるのを助けていた。彼女は彼の手を握り、もう片方の手をお腹に添えている。

 彼女は別荘を見上げ、微笑んだ。

 胸が締め付けられる。

 数分後、武志が私の部屋の入口に現れた。

「医者が、絶対安静が必要だと言った。移動も、ストレスも厳禁だ」彼はネクタイを緩め、私と目を合わせようとしない。

「この島なら、療養には最適だから」

 私は彼を凝視した。

「彼女は出産まで持たないかもしれないんだ、琴里。死ぬ前に母親の気分を味わいたいだけなんだよ。ほんの一瞬だけでも」

 階下から真奈美の声がする――柔らかく、涙を含んだ声が。

「武志さん、本当にありがとう……とても綺麗な場所。さくらお姉ちゃんもきっと気に入るわ。見ていてくれる気がする……」

 彼の表情が和らいだ。

「子供が生まれたら、彼女を出て行かせる」

 彼はそう言い、踵を返した。

「約束する。二度と君の前に姿を見せないようにするから」

 そして、彼は行ってしまった。

 彼が何かを低く囁くのが聞こえた。彼女が笑うのも――小さく、感謝に満ちた声を。扉が閉まる音がした。

 私はベッドに崩れ落ちる。

 この島は私たちのものだった。教会も、薔薇も、彼が私たちの未来のために建てた家も。

 なのに今、彼女がここにいる。私たちの聖域に。彼の子を宿して。

 「私たち」は、もうどこにもいない。

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