手の届かない愛

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大宮西幸 · 完結 · 17.6k 文字

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紹介

観光バスが崖っぷちで煙を上げて宙吊り状態になり、車内では二人の妊婦が同時に取り残されていた。

「ウォーカー隊長、妊婦が二人とも危険な状態です。どちらを先に救出しますか?」

私は鉄筋で腹部を貫かれ、破水し、必死に夫に向かって叫んだ。

「ライアン!破水したの、赤ちゃんが危険よ!」

一方、彼の初恋相手のステラは胸を押さえ、顔面蒼白になって言った。

「ライアン、心臓発作を起こしたの!助けて!」

消防服を着た男は迷うことなくステラの元へ駆け寄った。

「隊長、奥さんの方が救出しやすい位置にいますよ!」部下のマイクが叫んだ。

「黙れ!命令に従え!」

彼は振り返ることもなくステラを抱き上げ、こう言い放った。

「あいつは死なない。俺はあいつの夫なんだから、全責任は俺が取る」

チャプター 1

レン視点

 煙を上げる観光バスが、崖の縁で危ういバランスを保っている。車内には二人の妊婦が同時に取り残されていた。

「ウォーカー隊長! どちらも危険です、どちらを先に!?」

 鉄筋に腹部を貫かれ、破水した私は、死に物狂いで夫の名を叫んだ。

「ライアン・ウォーカー! 破水したの、赤ちゃんがもうダメになっちゃう!」

 一方、彼の初恋の相手であるステラは、青白い顔で胸を押さえている。

「ライアン、発作が……助けて!」

 防火服に身を包んだその男は、一瞬の迷いもなくステラのもとへ駆け出した。

「隊長、奥さんの方が救助しやすい位置にいます!」

 隊員のマイクが叫ぶ。

「黙れ! 命令に従え!」

 彼は振り返りもせずステラを抱き上げ、冷たく言い捨てた。

「あいつは死なない。俺は夫だ、全責任は俺が取る」

 ライアンの言葉が、ナイフのように心臓を抉った。

 決別を示すかのような背中が遠ざかるのを、涙で滲む視界の端でただ見送るしかなかった。この男のために、私はすべてを捨てたというのに……。

 今ようやく思い知った。彼の心の中に、私という存在は欠片もなかったのだと。

 ギギギィッ――。

 車体が激しく揺れ、二度目の落下が始まる!

 腹を貫く鉄筋の激痛に意識が飛びそうになる。羊水と血が混じり合い、床を濡らしていく。

「いやっ! ああっ――」

 猛烈な衝撃と共に、私は闇へと沈んでいった。

 炎の中、誰かが必死に私を呼んでいる。

「レンさん! しっかりしろ! 寝るな!」

 重い瞼をこじ開けると、マイクと数人の隊員が、今にも崩落しそうな車内へ決死の覚悟で這い入ってくるところだった。

「あなたたち、正気なの……逃げて……」

 私は弱々しく呟いた。

「見捨てられるわけないだろ!」

 マイクは斧を振るい、鉄筋を断ち切た。

「ジャクソン、手伝え!」

「隊長の野郎、マジで狂ってやがる!」

「無駄口叩くな、救助が先だ!」

 激痛に呻き声が漏れる。だが、命懸けで私を救おうとしてくれる彼らを見て、胸に希望のの光が差した。

 死ぬわけにはいかない。

 歯を食いしばって彼らに身を委ね、ようやく私は車外へと運び出された。

 担架の上で、私は失血のあまり顔面蒼白だった。

「急げ! 酸素投与だ!」

 救急隊員が慌ただしく動いた。

 酸素マスクが当てられ、ようやく呼吸が楽になった――その時だ。

 ライアンが突然割り込んできた。

「心臓疾患のステラの方が酸素が必要だ! こっちに回せ!」

 彼は迷うことなく私のマスクを剥ぎ取り、自らの手でステラの顔に押し当てた。

「隊長、奥さんも危険な状態です……」

「これは命令だ!」

 途端に呼吸が困難になり、胸が張り裂けそうになる。パルスオキシメーター、心電図モニター、除細動器……医療機器が次々とステラのもとへ移されていく。

 お腹の子が必死に暴れ、その痛みが私を気絶寸前まで追い込んだ。

 それなのに、ライアンは優しくステラの手を握りしめていた。

「怖くない、俺がついている」

 あんな愛おしげな眼差し、私には一度だって向けられたことはなかった。

 担架で運ばれる最中、意識が朦朧とする。

 マイクが携帯を取り出し、切迫した声で叫んだ。

「ウォーカー隊長! 奥さんが危篤です、すぐに来てください!」

 プツッ、ツーツー……。

 切られた。

 マイクはもう一度かけ直した。

「俺は医者じゃない、行って何ができる? 医者に手術させろ!」

 苛立ちを隠そうともしないライアンの声。

 また、切れた。

 病室へ急ぐ担架の上、揺れるたびに傷口が引き裂かれるように痛み、涙が勝手に溢れ出した。

 付き添いの隊員たちが憤りを露わにした。

「隊長はイカれてる! 自分の妻子を見殺しにする気か!」

「あれでも男かよ!」

 マイクが私の冷え切った手を握りしめる。

「レンさん、怖がるな。俺たちがついてる!」

「俺たちが輸血する!」

「あのクソ野郎が何もしなくても、俺たちが助ける!」

 彼らの姿を見て、笑いたいのに涙が止まらなかった。

 夫以外のすべての人たちが、私を救おうとしてくれている。

 輸血パックが次々と繋がれるが、痛みは増すばかりで、力が抜けていく。

「大量出血! 血圧低下! 胎児心拍低下!」

「バイタル不安定! 緊急オペ!」

 ピピピピッ――。

 モニターが狂ったように警告音を鳴らした。

「妊婦がショック状態だ! 急げ!」

 手術室の扉が開き、眩しい白い光が目に飛び込んできた。

 私は最後の力を振り絞り、心に誓った。

 もしも、生きて帰れたなら……。

 二度と、ライアン・ウォーカーを愛したりはしない。

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