死の淵から蘇り、己の遺産を葬り去るために

死の淵から蘇り、己の遺産を葬り去るために

大宮西幸 · 完結 · 26.2k 文字

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紹介

高熱で入院した私のそばに、彼は24時間付き添ってくれた。

看護師たちは皆、彼を「完璧な彼氏」と褒め称え、500万人のライブ配信視聴者たちは羨ましがっていた。

彼はカメラに向かって心を込めて語った。「彼女は俺の全てなんです。この人生で、彼女を離すことなんて絶対にできない」

涙が頬を伝い落ち、私は世界で一番幸せな女性だと感じていた。

午前2時、彼の携帯にメッセージが届いた。

「会いたい💋」

彼は私が熟睡していると思っていた。

これが夢だったらよかったのに。

チャプター 1

葵視点

 星野大輝と付き合って、もう三年になる。この三年間、彼は私が思い描いていた「理想の彼氏」そのものだった。

 彼は私の些細な習慣をすべて覚えてくれている。雨の日には傘を持って迎えに来てくれるし、生理の時にはカイロを用意してくれる。私の周期まで日にちを正確に覚えてくれている。

 私たちは大学時代からずっと一緒で、互いの人生を共に歩んできた。フォロワー数千人だった彼が、今や大手インフルエンサーへと成長していく姿を隣で見てきたけれど、これほど誇らしいことはない。

 何より胸を打つのは、有名になったからといって冷たくなるどころか、むしろ以前にも増して優しく、気遣ってくれるようになったことだ。

「葵、体温計貸して」

 大輝が心配そうな声で言い、そっと私のおでこに触れる。

「三十九度二分か……さっきより上がってるな」

 私は高熱でベッドに横たわり、体は鉛のように重く、節々が痛む。彼はもう丸一日、片時もそばを離れずに看病してくれている。

「もう少しお粥食べる? 作りたてだよ」

 彼はお椀を手にベッドの端に腰を下ろした。

「医者も言ってたろ。熱がある時は温かい水分と栄養をしっかり摂らないとな」

 疲れを隠して心配そうな表情を崩さない彼を見て、胸の奥が温かくなる。この人は――どんなに疲れていても、どんなに忙しくても――私を世話することに対して、微塵も不満を見せない。

「みんな、今日は葵の具合がちょっと悪いんだ」

 大輝がスマホのカメラに向かって語りかける。その声には隠しきれない心配が滲んでいる。

「俺が直接看病しないわけにはいかないだろ。これが愛ってもんだよ」

 最初は、病気でボロボロの姿を生配信されることに抵抗があった。でも彼は、フォロワーのみんなに本当の愛の形を見てほしいと言ったのだ。

「どんな時も支え合い、互いを思いやる」

 彼はカメラを真っ直ぐに見つめ、その瞳には強い決意が宿っていた。

「俺はそんな愛を、みんなと共有したいんだ」

 ライブチャットのコメント欄が瞬く間に埋め尽くされる。

「大輝くん優しすぎ😭😭😭」

「私も大輝くんみたいな彼氏ほしい!」

 画面には投げ銭のエフェクトが次々と流れているけれど、彼の意識は完全に私だけに向けられている。

「ほら、あーんして。熱いから気をつけてな」

 彼はお粥をスプーンですくい、私に少しの不快感も与えないよう、慎重かつ優しく口に運んでくれる。

 温かいお粥が喉を通り、体の芯の冷えを少しだけ和らげてくれた。

「味は大丈夫? 熱すぎないか?」

 彼は不安げに私の顔を覗き込む。

「完璧よ」私は微笑んだ。「お粥作るの、どんどん上手になってるね」

「葵のためなら、なんだって覚えるさ」

 彼はおでこに優しいキスを落とす。

「気分はどう? まだ熱いな……。明日は病院に行って診てもらおう」

「ただの風邪だし、そこまでは……」

「だめだ」彼はきっぱりと首を振った。「俺の彼女には、最高の手当てを受けてもらわないと」

 チャット欄を流れる羨望のコメントを見ながら、私は友人たちがいつも言っていた「世界一幸せな女」という言葉を思い出していた。

 正直なところ、大輝という彼氏がいれば、これ以上望むものなんて何もないかもしれない。

 その夜になっても熱が下がらなかったため、彼の強い勧めで病院へ行くことになった。

 今、私は中央総合病院の特別個室のベッドにいる。

「担当医が入院して様子を見たほうがいいって言ってる。インフルエンザかもしれないからって」

 大輝は私の手を強く握りしめ、その目は心配に満ちていた。

「仕事はもう休みを取ったから。ずっとここに付いてるよ」

「でも、仕事が……」

 私は抗議しようとした。彼が今、キャリアの重要な時期にいることは知っているから。

「仕事が葵より大事なわけないだろ」

 彼は迷わず私の言葉を遮った。

「それに、フォロワーのみんなにも見せたいんだ。二十四時間君のことばかりってやつをさ」

 看護師さんが点滴の準備に入ってくる。大輝はすぐに立ち上がり、ベッドの角度を調整したり、私の腕の下に柔らかい枕を当てがったりと甲斐甲斐しく動く。

「痛くないか?」

 針が血管に刺さる瞬間を見つめる彼は、刺されている私よりも緊張しているように見えた。

「痛かったら、俺の手を握っていいからな」

「痛くないよ。心配しないで」

 彼はリンゴを剥き始めた。手つきは優しく、真剣そのものだ。きれいに皮をむくと、小さく食べやすい大きさに切り分けていく。

「葵、リンゴ好きだろ? 医者も果物は回復にいいって言ってたし」

 彼は一切れをフォークに刺し、そっと私の口元へ運ぶ。

「ゆっくり食べて」

 生配信の視聴者数はうなぎ登りで、コメント欄は羨望と称賛のコメントで溢れている。でも、彼の瞳は私だけを映している。そのひたむきな眼差しに、心が幸福感で満たされていく。

 その時、彼のスマホがブブッと震えた。

 何気なく目をやると、彼は素早くスマホを手に取り、画面を確認して……何かを削除した。

 その動作はあまりに素早く、見間違いかと思うほどだった。だが、その一瞬、彼の瞳の奥に何かが走ったのを私は見逃さなかった……あれは、何だったのだろう?

「どうしたの?」私は尋ねた。

「いや、ただのスパムだよ」彼は笑顔でそう答えた。「最近、こういう迷惑メールが多くてうざいんだよな」

 私は頷いてリンゴを食べ続けた。しかし、頭の中で声が響く。スパムメッセージをわざわざ削除する必要があるの? それに、あれは本当に迷惑メールを見るような表情だった?

 午後、看護師さんの定期検診が終わった後、大輝に電話がかかってきた。

「『紳士のスタイル』の取材だよ」と彼は私に説明した。「俺たちの恋愛観について話してほしいって」

 朝の件で少し胸がざわついていたけれど、電話越しの彼の声を聞いて安心した。

「葵は俺の世界のすべてです。一生手放すことなんてできません。何があっても、俺が彼女を守り抜きます」

 私の疑念は徐々に薄れていった。やっぱり考えすぎだったのかもしれない。彼の私への愛は、こんなにも本物なのだから。

 取材を終えた大輝は、私の大好物のイチゴを買って戻ってきた。私たちは一緒にテレビを見て、来週の彼の仕事のスケジュールについて話した。

 夜八時を過ぎると、病室は静寂に包まれた。

 私はベッドで本を読み、大輝は隣で仕事のメールを処理している。この穏やかな日常の空気が、たまらなく心地よい。外の世界がどんなに騒がしくても、ここだけは私たちにとって安全な港のようだった。

 いつの間にか、夜も更けていた。うとうとし始めた時、ふと光が走ったのに気づいた。

 目を開けると、大輝がベッド脇の椅子に深くもたれかかり、眠っているのが見えた。突然、彼の手元のスマホ画面が明るくなった。

 ロック画面に、メッセージがはっきりと浮かび上がっている。

「会いたい 💋」

 その瞬間、時間が凍りついたようだった。

 息が喉に詰まり、心臓を強く殴られたような衝撃が走る。

 大輝がハッと目を覚まし、慌てて画面を暗くすると、おどおどした様子で私の方を見た。私はとっさに目を閉じ、乱れそうになる呼吸を必死に整える。

「会いたい 💋」……。

 あのキスマークの絵文字が、焼き印のように目に焼き付いて離れない。

 壁の時計を盗み見ると、深夜の二時だ。こんな時間に、誰があんなメッセージを送ってくるというの? 仕事相手? 友達?

 いや、違う。可能性は一つしかない……。

 まさか、そんなはずはない。大輝はさっきの取材で言っていたじゃないか。私が彼のすべてだと。一生手放せないと。あれほど私を愛してくれている彼が、裏切るなんてこと、あるはずがない。

 でも、あのメッセージは棘のように、私の心臓に深く突き刺さっていた。

 私は目を閉じたまま、大輝が慎重に体勢を変える気配を感じていた。暗闇の中で、突如として生まれた不安が、制御できないほど大きく膨れ上がっていくのを感じながら。

 私たちの完璧だった三年間は、すべて私の幻想に過ぎなかったのだろうか?

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