アルファに残された最後の3回のチャンス

アルファに残された最後の3回のチャンス

渡り雨 · 完結 · 25.4k 文字

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紹介

7年前、アルファのマシューの婚約者だったエルヴィラは、別のアルファと駆け落ちした。あの頃の私はただの彼のアシスタントで、密かに想いを寄せてはいたけれど、私たちが結ばれるなんて想像もしなかった。

あの夜、私はバーへ彼を迎えに行った。彼は酔っていて、しかも薬を盛られていた。たった一夜のあと、私は妊娠した。そしてマシューは、彼に薬を盛ったのは私だ、私が策略を巡らせてルナの座に収まろうとしたのだ――そう思い込んだ。彼は私を憎んだ。それでも「秘密の伴侶」という肩書きだけは与えた。結びの儀式はなく、あるのは契約書だけ。私は息子とともに、彼の屋敷の客用棟で7年間暮らしてきた。

昨夜、彼は酔った勢いでリアムを抱き上げ、くるくると回していた。息子は、ようやく受け入れてもらえたのだと思った。けれど私には聞こえた――マシューが呟いていた名前は「エルヴィラ」。彼女が帰ってくる。しかも息子を連れて。

私は東部地区への異動申請書を握りしめた。もう、待つのは終わりだ。

チャプター 1

 来週のマシューのスケジュールを整理していると、電話が鳴った。

「モリソンさん、息子さんのリアム君が訓練中に怪我をしました。すぐに病院へ来てください」

 私はすべてを放り出して駆け出した。

 病室は狭かった。リアムは頭に包帯を巻かれ、ベッドに横たわっていた。

「リアム!」私は彼の手を強く握った。

 彼はゆっくりと目を開けた。

「ママ……」

「ママはここよ」

「アルファはどこ?」リアムの声が小さくなる。

「昨日、僕を抱きしめてくれたのに。どうして来てくれないの?」

 胸が締め付けられた。

「まだ連絡がいってないのよ、きっと」私は言った。

「あとで電話しておくから」

 昨日。マシューは泥酔して帰宅し、リアムを抱き上げて笑いながらぐるぐると回った。だが、彼は息子に向けて笑いかけていたわけではない。エルヴィラから、戻ってくると電話があったから喜んでいただけなのだ。彼女の息子も一緒に、戻ってくると。

 あのハグは、リアムとは何の関係もなかった。

 でも、まだ七歳の息子にどうやってそれを伝えればいい?父親の喜びが、自分とは無関係だっただなんて、どうやって言えばいいのだろう。

 彼の父親が、今でも彼を愛していないだなんて。

 目頭が熱くなった。私は強く瞬きをして、頭に触れないように気をつけながら、リアムをそっと抱き寄せた。

「きっと忙しいだけよ」私は囁いた。

「アルファがどれだけ大変か、知っているでしょう?彼にはたくさんの責任があるの」

 リアムの呼吸が次第にゆっくりになっていく。薬のせいで眠気が襲ってきているのだ。

「わかった」彼は呟いた。

「でも、電話してくれるよね?」

「ええ。約束するわ」

 彼は目を閉じ、数分後には眠りに落ちた。

 私は彼の手を握ったままそこに座り、その小さな頭に巻かれた包帯を見つめながら、自分の中で何かが壊れていくのを感じた。

 ……

 午後九時、私は廊下に出てスマートフォンを取り出した。

 画面にはマシューの名前が表示されている。

 発信ボタンを押した。

 出ない。

 もう一度かける。そして、またもう一度。

 五回目には、私の手は震えていた。十回目には、彼が出るつもりはないのだと悟った。

 私は一晩中、病院に留まった。

 午前三時、病室のベッドで眠るリアムを見て、私は決断を下した。

 もう、これ以上は無理だ。

 決して自分を愛してくれない男から、ほんのわずかな愛情を乞うようにして、この子を育てるわけにはいかない。

 息子の心がこれ以上、何度も打ち砕かれるのを見てはいられない。

 翌朝、私は看護師にリアムを任せ、狼評議会のオフィスへと向かった。

 私が中に入ると、若いベータの女性が顔を上げた。

「モリソンさん?どのようなご用件でしょうか?」

「移住申請を出したいのです」私は言った。

「東部地域へ」

 彼女は眉をひそめた。

「移住ですか?でも、あなたはアルファ・ブラックウッドのご親戚では?」

 親戚。誰もが私のことをそう思っている。

「彼にはお伝えになっているのですか?」と彼女は尋ねた。

「彼の元婚約者が戻ってくるんです」私は答えた。

「彼に知らせる必要はありません」

 女性の顔色が変わった。

「元婚約者?エルヴィラ様のことですか?」

 群れの誰もがエルヴィラのことを知っていた。マシューとの結びの儀式を一ヶ月前に控えて逃げ出した、あの美しいオメガ。彼が今でも愛してやまない女性だ。

「ええ」

 私は彼女から手渡された書類を受け取り、これ以上質問される前にその場を後にした。

 その日の午後、私は病院へリアムを迎えに行き、家へと連れ帰った。

 ブラックウッド邸の西棟は、相変わらず静まり返っていた。客室棟――マシューはそう呼んでいる。私たちはここに七年間も住んでいるというのに、いまだに冷たく仮住まいのような、ホテルのような感じがした。

 私はリアムをベッドに寝かせた。

「気分はどう?」と私は尋ねた。

「頭が少し痛い。でも、大丈夫だよ」

 私は彼の傍らに座り、深呼吸をした。

「リアム、ママと一緒に東部地域へ引っ越すのはどうかな?」

 彼の一瞬輝いた目は、すぐに暗く沈んだ。「どうしても行かなきゃダメ?」

「それは――」

「アルファ・マシューが、やっと僕を受け入れてくれ始めたんだ」彼は早口で言った。

「昨日、抱きしめてくれたし。それに見て、これをくれたんだよ」

 彼は部屋の反対側にある自分の机を指差した。

「プレゼントもくれたんだ。あの赤い車、見える?僕のものにしていいって」

 胃がすとんと落ちるような感覚に陥った。

「それ、いつ彼からもらったの?」

「昨日、訓練のあと」リアムの顔は、見ているのが辛くなるほど希望に満ちていた。

「僕にくれるって言ったんだ」

 私は机に歩み寄り、その車を手に取った。心は張り裂けそうだったが、私の手は決して震えなかった。

 マシューがリアムにプレゼントなど贈るはずがない。今まで一度だって、リアムに何かを与えたことなどないのだ。

 私はその車を見つめながら、今日の午後、オフィスで目にした領収書のことを思い出した。赤いミニカーはただのおまけで、本当の贈り物は青いトラックの模型だった。

 マシューはエルヴィラの息子のためにオモチャを買い、そのおまけを私たちの息子に投げ与えたのだ。

 目頭が熱くなった。

 リアムが四歳の時のことを思い出す。その日、マシューはなぜか機嫌が良く、リアムを訓練場へ連れて行き、戦士たちの練習を見学させてくれた。

 リアムはとても喜んでいた。

 しかし結局、リアムはたった一人で家まで歩いて帰ってきたのだ。

 ようやくドアをくぐり抜けたとき、彼は血と泥にまみれ、息もできないほど激しく泣きじゃくっていた。

 私は彼を抱きしめ、何があったのかと問い詰めた。

「パパって呼んじゃったんだ」リアムはむせび泣いた。

「忘れちゃってて。ごめんなさい、ママ。ごめんなさい」

 それ以来、リアムは二度とその間違いを犯さなかった。人前では決して、「アルファ」としか呼ばなくなった。

「ママ?」リアムの声で、私は現実へと引き戻された。

「大丈夫?」

「リアム」私は振り返り、彼の前にひざまずいた。

「もしママがここを離れたいと言ったら……ここを離れる必要があると言ったら……一緒に来てくれる?」

 彼の全身が硬直した。

「どうして?」彼の声が裏返る。

「僕はまだ公に認められてないんだよ。父親のいない子だって、みんなに思われたくない」

 父親のいない子。

 それこそが、彼がずっと一人で背負ってきたものだった。

「リアム……」私は彼を見つめた。

「アルファの本当に愛している人が戻ってくるの。もし私たちがここに残ったら、彼はもっと私たちを疎ましく思うようになるわ」

 リアムの瞳に涙があふれ、頬を伝ってこぼれ落ちた。

 私も泣き始めた。

「でも……でも、抱きしめてくれたのに」彼は囁いた。

「車もくれたんだよ。僕、てっきり……」

 彼は最後まで言葉を紡げなかった。

 私たちは、決して我が家だと感じたことのないその冷たい客室で、互いを抱きしめ合った。

「ママ」長い沈黙の後、リアムが言った。その声は消え入りそうなほどの囁きだった。

「あと三回だけ、チャンスをあげてもいい?」

 私は彼を見た。その目は赤く腫れ上がっていたが、必死の希望に満ちていた。

「三回チャンスをあげても、本当に僕を愛してくれないなら」彼は言った。

「そしたら、ママと一緒にここを出て行くよ。約束する。ただ、三回だけ」

 私の心は真っ二つに引き裂かれた。

「わかったわ」私は答えた。

 マシュー。あなたに与えられたチャンスは三回。

 もしそれを無駄にしたら、あなたは永遠に私たちを失うことになる。

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