奪われた子宮

奪われた子宮

渡り雨 · 完結 · 24.7k 文字

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紹介

三年前の結婚式の前夜、私は誘拐され、重傷を負った。

目が覚めた時、夫となる善之が私を抱きしめ、号泣していた。「犯人にお前はひどく傷つけられた。命を救うため、医者は子宮を摘出するしかなかったんだ」と。

その瞬間、私の世界は崩壊した。

私は丸一週間泣き続けた。声は枯れ、目は真っ赤に腫れ上がるまで泣いた。母親になる機会を、そして完全な体をも失ってしまったのだ。

しかし善之は私の手を固く握り、揺るぎない眼差しで言った。「僕が愛しているのは、好美、君自身だ。君さえいてくれれば、それで十分だよ」と。

彼は家族の猛反対を押し切って、この「欠けた」私を妻として娶ってくれた。この三年間、彼の優しさと気遣いに包まれ、私は自分が世界で一番幸せな人間だと思い込んでいた。

今日、この日まで。

——そのすべてが、嘘だったと知るまでは。

あれは誘拐なんかじゃなかった。善之が周到に計画した、ただの手術だったのだ!

目的はたった一つ——私のこの子宮を、生まれつき子宮が発育不全で妊娠できない、彼の妹の理恵に移植するためだった。

チャプター 1

好美視点

 スマホをきつく握りしめる。画面に映し出された真実に、吐き気がこみ上げてきた。

 この完璧な結婚生活は、緻密に仕組まれた茶番に過ぎなかったのだ。

 苦痛に目を閉じると、腹部の傷跡がずきずきと痛む。3年。私はこの3年間、ずっと馬鹿にされていたのだ。

「好美、まだ起きているのか」

 善之が背後から私を抱きすくめ、首筋に顎を乗せてきた。

「何時間もスマホを見つめたままだよ」

 全身が強張る。慌てて画面を消し、無理やり笑顔を作った。

「ううん、なんでもない。ちょっと疲れただけ」

「なら、早く休んだ方がいい」

 彼は私の額にキスを落とした。

「ハーブティーを淹れたから、寝る前に飲むといい。体力をつけておかないとね。数日後にはまた採血があるんだから」

 体力。

 双子の妹である理恵の血液パックであり続けるための、体力。

 差し出されたカップを見つめながら、先ほどスマホで見た医者の警告が脳裏をよぎる。

『善之、彼女から血を抜きすぎだ。このままでは死んでしまうぞ』

 それに対する彼の返信。

『彼女なら耐えられますよ』

 彼の目に映る私は、ただの歩く血液バンクでしかなかったのだ。

 不意にスマホを見た善之が、気まずそうに目を逸らす。

「会社で急用ができた。少し行ってくるよ」

 私はこくりと頷いた。

「行ってらっしゃい」

 理恵が妊娠してからというもの、この言い訳は耳にタコができるほど聞かされてきた。彼の言う会社の急用とは、すべて彼女に会いに行くための口実だ。

 ドアが閉まった瞬間、私のスマホが震えた。

 理恵の裏アカウントからインスタグラムのストーリーが更新された——ベッドに横たわる彼女の大きく膨らんだお腹に、善之の手が優しく妊娠線予防オイルを塗っている動画。

 添えられた文章。

『パパはとっても優しい❤️ 私に傷跡を残させないって、毎晩自分でオイルを塗ってくれるの〜』

 傷跡を残させない。

 では、私の腹部にあるこの痛々しい傷跡はどうなるのだろうか? 毎晩彼が愛情たっぷりにキスを落とすこの傷跡は、他でもない彼自身が刻み込んだものなのに。

 爪が手のひらに食い込み、不意に涙がこぼれ落ちた。

 2年前、善之は跡継ぎを求める一族からのプレッシャーに頭を抱えていた。私は胸が張り裂けそうになり、泣きながら離婚を切り出したことすらある。しかし彼は『俺が結婚したのは君であって、君の子宮じゃない』と言ってくれた。私がその言葉に深く感動していたまさにその時、理恵がタイミング良く現れ、代理母になると申し出たのだ。

 あの時の私は、涙を流して感謝した。

 今にして思えば、あれはすべて彼らが仕組んだ三文芝居だった。

 だって、あの子は間違いなく善之の子供なのだから。

 翌日の夕方。私は赤く腫れた目をメイクで隠し、時間を見計らって1階へ降りた。

 ダイニングルームに入る前から、理恵の大げさな歓声が聞こえてきた。

「嘘、善之、本当に会社の株を30%も私にくれるの?」

 私は入り口で足を止めた。

 クリスタルシャンデリアの下で、両親と善之が理恵を囲んでいる。ピンク色のマタニティドレスに身を包んだ彼女は、片手でお腹を撫でながら、もう片方の手で書類を握りしめていた。

「もちろんさ」

 善之は甲斐甲斐しくエビの殻を剥きながら、優しい声で答える。

「君は俺と好美のためにこれほど犠牲を払ってくれたんだ。当然の報いだよ」

 犠牲?

 彼女が何を犠牲にしたというのか? 私の代わりに彼の子を身ごもり、彼から30%もの株式をせしめることが?

「善之くん、理恵への気遣いは本当に大したものだ」

 父が大笑いしながら彼の肩を叩く。

 母は理恵のお腹を撫でながら、慈愛に満ちた表情を浮かべている。

「私たちの大切な孫に、あと1ヶ月もすれば会えるのね。もう待ちきれないわ」

 ドアの前に立ち尽くす私は、急に肌寒さを覚えた。

 ここは私の家であり、私の夫であり、私の両親のはずだ。なのに、どうして私だけが部外者のように感じられるのだろうか。

 そこでようやく私に気づいた理恵が、わざとらしく驚いた声を上げる。

「お姉ちゃん? いつからそこに……私、こんな高価なプレゼント、受け取らない方がよかったかな?」

 全員の視線が一斉に私へ向けられる。

 私は無理に笑顔を作ってダイニングルームに入り、善之の向かいに腰を下ろした。

「受け取りなさい、理恵。あなたにはその価値があるわ」

 自分の声が、恐ろしいほど平坦に響く。

 善之は私を見上げ、わずかに眉をひそめた。だが理恵はすでに恥じらうように俯いている。

「それじゃあ、遠慮なくもらうね〜」

「好美、お前も変な気を回すんじゃないぞ」

 父がワイングラスを傾けながら、何気ない風を装って言う。

「理恵が協力してくれなければ、お前と善之の間に子供などできなかったんだからな」

 母がすかさず口を挟む。

「そうよ。妹の恩を絶対に忘れてはいけないわ」

 私はナイフを握りしめ、微笑みを崩さずに答えた。

「ええ、もちろん覚えているわ」

「それでいいのよ。さあ、好美、これも食べなさい」

 母が珍しく気遣うように、魚の切り身を私の皿に取り分けた。

「最近また痩せたみたいじゃない。栄養をつけないと」

 クリームソースがたっぷりかかったその魚を、私はただ見つめるだけで、手をつけることはなかった。

 食卓での会話は続く。誰もが理恵をちやほやし、子供の名前やベビーシャワーの規模、善之が彼女のために用意したという東京で一番の最高級分娩室について語り合っている。

 私が魚に一切手をつけていないことなど、誰一人として気づいていない。

 彼らはすっかり忘れているのだ——私が魚介類アレルギーであることを。

 幼い頃から、ずっと。

 夕食後、理恵が急にお腹を押さえ、顔面を蒼白にさせた。

「善之、なんだか気分が……」

 善之は弾かれたように立ち上がり、慌てて彼女を支える。

「どうした? 長く座りすぎたのか。上へ連れて行くから、休むといい」

 二人がそそくさと立ち去った後、私は立ち上がり、帰ろうとする両親を引き止めた。

「お父さん、お母さん。私、離婚したいの」

 空気が一瞬にして凍りついた。

 母が驚愕に目を丸くする。

「今、なんて言ったの?」

「善之と離婚したいと言ったの」

 私は淡々と繰り返した。

 父の顔がたちまち朱に染まる。

「狂ったか! 今の自分に、善之くんと離婚できるほどの価値が残っているとでも思っているのか?」

 母の声がヒステリックに跳ね上がる。

「善之くんに嫁げただけでも身に余る光栄でしょう! 子供も産めない欠陥品のくせに、これ以上何を望むというの?」

「彼、私のことなんて一度も愛していなかった」

 私の声が震え始める。

「この結婚は——」

「いい加減にしろ!」

 父が激怒し、ずかずかと歩み寄ってきた。

「10年前のあの出来事を盾にして、好き勝手できるとでも思っているのか! いいか、お前はすでに善之くんに嫁いだ身だ。大人しくしていろ!」

 10年前。

 またしても10年前のことだ。

 誰もが意図的に記憶から消し去り、私を脅す時にだけ持ち出すあの出来事。

 母が声を潜め、氷のように冷たい視線を向けてくる。

「好美、よく考えなさい。善之くんのお母様は約束してくださったのよ。子供が産まれれば、東山家はさらに3000万の投資をしてくれるとね。理恵はこの家のために尽くしてくれているの。お前もその醜い嫉妬心を引っ込めて、すべてを台無しにしないことね」

「二度と離婚なんて口にするんじゃないわよ。わかったわね?」

 両親は背を向け、そのまま去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、私は壁によりかかり、力なく笑い声を漏らした。

 好美、あなたはまだ何を期待していたの? こんな結末になることくらい、とうにわかっていたはずなのに。

 深夜。私は1人、寝室に座り込んでいた。

 腹部の醜い傷跡を指先でなぞる。善之はこれを『生き延びた証』だと言った。

 なんと皮肉なことか。

 この傷跡こそが、彼が私の人生をめちゃくちゃにした何よりの証拠だというのに。

 深く息を吸い込み、スマホを開いて暗号化されたアプリを起動する。

 画面に文字が浮かび上がった。

『逃がし屋サービス——この世から消え去りたいあなたへ』

 頭上から不意に、善之と理恵の笑い声が聞こえてきた。親密で、そしてひどく耳障りな声。

 その笑い声はまるで鋭い刃となって、私の心臓を何度も何度もえぐり取っていく。

 『サービスを申し込む』のボタンの上に指を浮かせたまま、滲む涙で視界がぼやけた。

 そして、私はそのボタンを押した。

 ポップアップが表示される。

『サービスが確定しました。実行希望日を入力してください』

 私は文字を打ち込んだ。

『1週間後』

 送信。

 スマホの電源を切り、ベッドに横たわる。

 天井のクリスタルランプが、冷ややかな光を反射していた。

 1週間後、八野好美はこの世から完全に姿を消す。

 そして彼らは、思い通りの結末を手に入れるのだ。

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