紹介
「百鬼夜行」と呼ばれるホラーゲームに参加し、鬼たちが人々を惨殺していく光景を目の当たりにする夢だ。
最初はただの悪夢だと思っていた。だが、ルームメイトの三人と共に奇妙なメッセージを受け取った時、これがただの夢ではないと悟る。
そして、ドアのチャイムが鳴り響いた瞬間——
百鬼夜行ゲームの幕が、切って落とされた。
チャプター 1
お盆が終わる最後の夜、私は夢の中で、その生配信を見ていた。
画面に、血を思わせる赤黒いフォントが滲むように浮かび上がる。
【百鬼夜行ゲーム開始、生死を賭したライブ配信中】
金縛りにでもあったかのように、私は画面から視線を外すことができなかった。
映像は、古いアパートの廊下を徘徊する何者かの視点だった。その手には、鈍い光を放つ刃物が握られている。
そいつは管理人室の前でぴたりと足を止めると、何の躊躇もなくドアを押し開けた。
室内では、管理人である佐藤のおばあさんが、ドアに背を向けたまま書類の整理に没頭している。背後に迫る死の気配に、全く気づく様子はない。次の瞬間、銀色の閃光が走った。叫ぼうとしたのに、喉から音が漏れることはなかった。
犯人は手慣れた仕草で老婆の頭部を抉ると、不気味な三日月の形にくり抜き、その腰からじゃらりと鍵束を引き抜いた。
「さて、今宵の供物を決めるとしようか」
電子的に加工された声は、男のものか女のものかも判別がつかない。
犯人は古風な籤筒を取り出すと、鍵を一本ずつその中へと落とし、ゆっくりと振り始めた。
「運命の神よ、我に進むべき道を示したまえ」
カチャリ、と乾いた音を立てて一本の鍵が筒から滑り落ちる。犯人はそれを拾い上げ、見せつけるようにカメラの前に突き出した。
そこに刻まれた番号は、412——今、私が眠っている、この部屋のものだった。
はっと息を呑んで跳ね起きると、背中はじっとりと冷たい汗で濡れていた。しんと静まり返った部屋に聞こえるのは、ルームメイトの川崎美奈の規則正しい寝息と、柳沢明日香のかすかな吐息だけだ。
窓の外では、お盆最後の夜が白み始めていた。空に浮かぶ月が、まるで巨大な銀色の眼球のようにこちらを見下ろしている。
無意識に枕元のスマートフォンを手に取り、時間を確認しようとして——私は自分が眠っている間に、LINEグループにメッセージを送信していたことに気づいた。内容は、今しがた夢で見た生配信のスクリーンショットと、一文。
「佐藤のおばあさんが殺された。犯人、私たちの部屋の鍵を引いた!」
私は慌てて送信を取り消したが、メッセージの横には、無情にも「既読」の二文字が灯っていた。
その日の夜、ベッドに入る前になって、私はとうとう堪えきれずにあの悪夢のことをルームメイトたちに切り出した。
「昨日の夜、すごく嫌な夢を見たんだ」
ベッドの端に腰掛け、私は重い口を開いた。
「誰かが佐藤のおばあさんを殺すところを生配信していて……その犯人が、私たちの部屋の鍵を引き当てる夢」
川崎美奈は、かけていた眼鏡をくいと押し上げ、怪訝そうな顔で私を見つめた。
「それって……『百鬼夜行ゲーム』っていう生配信の夢のこと?」
私は勢いよく顔を上げた。
「どうしてそれを知ってるの」
「だって」
美奈はごくりと喉を鳴らした。
「昨日の夜、あんたがグループにスクショを送ってきたでしょ。すぐに消してたけど、見ちゃったから」
その時、それまで黙って話を聞いていた柳沢明日香が、そっと補聴器を耳に着けた。そして、手話を交えながら、少しだけぎこちない声で問いかけてくる。
「配信者のID……『月の鬼』じゃ、なかった?」
私と美奈は、同時に息を呑んで明日香を見た。
「あ、明日香も……その夢を、見たの?」
声が震えるのを止められない。
明日香は静かに頷くと、そばにあったメモ帳にペンを走らせた。
『私たち三人、たぶん、全く同じ夢を見たんだと思う』
お盆最後の夜、時計の針が零時に近づく頃。私たちはリビングの中央に身を寄せ合い、それぞれが見た夢の細部を必死に突き合わせていた。
「これは偶然なんかじゃない」
川崎美奈が、スマートフォンで何かを調べながら言った。
「たぶん『予知夢』よ。民間伝承には、こういう夢に関する記述がたくさん残ってる」
柳沢明日香が、メモ帳に新しい文章を書き足す。
『百鬼夜行だよ。お盆の最後の夜、悪霊たちが百鬼夜行を催すって。それに選ばれた人間は、前もって夢でお告げを受け取るっていう言い伝えがある』
私はぎゅっと拳を握りしめた。恐怖で奥歯がガチガチと鳴る。
「連続殺人鬼に狙われるくらいなら、本物の妖怪の方がまだマシだよ……」
一分、一秒と時間が過ぎるにつれて、部屋の空気は張り詰めていく。
二十三時五十七分。その時、ふと一つの可能性が頭をよぎった。
「そうだ! もしこれが本当に予知夢なら、こっちで因果を変えちゃえばいいんだ! 電子機器を全部オフにして、配信そのものを見なければ、予言は現実にならないんじゃないかな」
川崎美奈がはっと顔を上げた。
「バタフライエフェクト……。最初の条件を少し変えるだけで、未来の結果が大きく変わるっていう理論ね。あり得るかもしれない」
私たちは即座に行動に移った。全ての電子機器の電源を落とす。私がスマートフォンの画面が真っ暗になるのを見届けると、明日香もそれに倣って自分の端末の電源を切った。最後に美奈がノートパソコンをシャットダウンする。
アパートは、完全な闇と静寂に包まれた。
午前零時零分零秒。
桜アパートには、不気味なほど穏やかな時間が流れていた。私が安堵のため息を漏らした、まさにその瞬間だった。
電源を切ったはずの私たち三人のスマートフォンが、暗闇の中で一斉に光を放った。
412号室のLINEグループに、一本のリンクが送りつけられる。
【@白川杏子 @川崎美奈 @柳沢明日香、鏡のそばで何かが動いてるみたい!】
送信者の名前は——月の鬼。
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「今さら後悔しても、もう遅いわ」













