紹介
息を引き取る前、群れの仲間たちが大勢、見送りに来てくれた。
一生争い続けてきた宿敵のセラフィナまでが、姿を見せた。
ただ一人、伴侶になって五年になるアルファのケールだけがいなかった。
彼はジェニファーという名の流れ狼と一緒に、銀月の滝へ月の映り込みを見に行っていたのだ。
息が途切れるその刹那、私は彼から送られてきた〈意識の声〉を受け取った。
「最初に月神の導きで、お前という運命の伴侶を見つけた。だが、お前はただのベータだ。アルファの座を継ぐためには、お前を選ぶしかなかった。この何年も、ずっと抑制剤を飲ませてきたし、妊娠も禁じてきたがお前は従ってきた。それなりに“ルナ”としては合格だったよ。」
もし来世があるなら、またお前を選ぶさ。だから今世は安心して逝け。葬儀はこの俺が責任をもって執り行ってやる。」
宿敵のセラフィナはその意念を感じ取り、嘲るように冷たく笑った。「キャロリン、やっぱりあんた、ルナには全然向いてないわね。」
「来世では、あたしの邪魔をしないで。」
まさかその言葉どおりになるなんて――次に目を開けたとき、私たちは二人そろって、ダークウッド家の伴侶選びの儀式の日へと、時をさかのぼっていた。
チャプター 1
猛吹雪の吹き荒れる荒野で、私は命を落とした。
死ぬ間際、群れの多くの者が看取りに来てくれた。生涯の宿敵であるセラフィナさえも。
だが、五年連れ添った伴侶のケールだけがいなかった。
彼はジェニファーという名の「はぐれ狼」と共に、銀月の滝へ月影を見に行っていたのだ。
息絶える寸前、彼からの思念が届いた。
『月の女神が運命の番としてお前を引き合わせたが、お前はただのベータだ。アルファの座を継ぐために選ばざるを得なかった。長年抑制剤を飲ませ、妊娠を禁じたことにもお前は従った。まあ、ルナとしては合格点だろう』
『もし来世があるなら、またお前を選ぶよ。今世は安らかに眠れ。葬儀は俺が取り仕切る』
その思念を感じ取った宿敵セラフィナは、嘲るように冷笑した。
『キャロリン、あんた本当にルナには向いてないわね』
『来世では、あたしと張り合うのはやめなさい』
まさかその言葉が現実になるとは。次に目を開けた時、私たちは揃ってダークウッド家の「番(つがい)選びの儀」の日に戻っていた。
ケールが冷淡に告げる。
『キャロリン、月の女神はお前を俺の運命の番に選んだ。お前がダークウッドのルナになれ』
私は迷わず一歩下がると、セラフィナを指差した。
『ルナの座は、セラフィナこそ相応しいと思います』
それを見た長老会は、困惑の表情を浮かべる。
『キャロリン、お前はケールの運命の番だ。これは月の女神による神聖な導きなのだぞ』
『ですが、ルナの責務は群れの未来に関わります。実力こそ考慮すべきです。最強の女戦士であるセラフィナの方が、その点において優位でしょう』
ダークウッド族には厳格な掟がある。運命の番は神聖にして不可侵だが、ルナという地位には十分な実力が求められるのだ。
長老たちはジレンマに陥った。月の女神の導きを尊重すべきか、それとも群れのために最強の指導者を選ぶべきか。
だが運の悪いことに、ケールが心底愛しているのはジェニファー──血統も地位も持たぬ「はぐれ狼」だった。
運命の番だろうが最強の戦士だろうが、彼にとってはどうでもいい相手なのだ。
しかしアルファの座を継ぐためには、私たち二人のうちどちらかを選ばなければならない。
前世の愚直な私は、そんな彼の内なる葛藤など知る由もなかった。
ルナの座を受け入れた私は嬉しさのあまり涙し、運命に愛されたのだと思い込んだ。それが決定づけられた悲劇の幕開けだとも知らずに。
やり直しの今世、そんな運命など御免こうむる。
私は長老に静かに答えた。
『長老、私は気が弱く、ルナになっても強大なダークウッド家を支える自信がありません』
『セラフィナは我らが誇る最も勇敢な戦士であり、実力も強大です。私よりも彼女こそが相応しい』
私の決意が固いと見て、長老はケールに問いかけた。
『お前はどう思う?』
ケールは族長の玉座に背を預け、手すりを気怠げに指で叩いている。その瞳には何の感情も浮かんでいない。
『誰でもいい』
ケールが反対しないのを見て、長老もそれ以上は言えなくなった。
ただ、私たち二人にこう釘を刺した。
『お前たちでよく話し合っておくように』
『新アルファの継承式は待ったなしだ。伝統もまた、軽んじてはならん』
長老の懸念は理解できた。
本来なら、ケールの運命の番である私が選ばれるべきだ。
だがセラフィナはずっと不服だった。最強の戦士である自分こそが、未来のアルファに相応しいと考えていたからだ。
ケールは私が弱いと見なし、ベータである私への嫌悪を隠そうともしなかった。
セラフィナはそれを好機と捉え、事あるごとに自分こそがルナに相応しいと証明しようとしてきた。
訓練場での決闘、会議での異論反論、そんなことは日常茶飯事だった。
私は抵抗しないことに慣れきっていたし、どうしても耐えられない時だけ、小声で弁解するのが関の山だった。
だが二度目の生を得て、ケールの本心を知ってしまった今、私たち二人が滑稽な「当て馬」に過ぎないと思えてならない。
どうしてこれ以上、争う必要があるだろうか?
私は穏やかに頷いた。
『ご安心ください長老。セラフィナとは話し合いました。決して揉めたりはしません』
長老はようやく満足したようだ。
『よし。満月は近い。継承式をこれ以上遅らせるわけにはいかんからな、結合の儀式は三日後としよう』
族長の広間を出て、私とセラフィナが月の祭壇の近くまで来た時だ。ケールがジェニファーを連れて追いかけてきた。
だが、私に用があるわけではない。
彼はジェニファーの手を引き、セラフィナの前に立ちはだかった。その身からはアルファ特有の威圧的なオーラが放たれている。
『セラフィナ、俺のルナになったこと、祝福しよう。だが先に言っておくことがある』
『ジェニファーは俺の真実の愛だ。お前と番(つがい)になったからといって、彼女を捨てるつもりはない。パックハウスに呼び寄せ、相応の地位を与えるつもりだ』
『今後、ブラッドムーンの召集や群れの戦事など、二人で対処すべき事態を除いて、俺は常にジェニファーと共に過ごす』
その聞き覚えのある言葉に、心臓が激しく跳ねた。
前世で、ケールは私にも同じことを言ったのだ。
それは彼からの初めての要求だった。私は自分のアルファに逆らいたくなくて、それを受け入れた。
当時の私は、彼がジェニファーに一時的に迷っているだけだと思っていた。
情熱が冷めれば、自然と運命の番である私の元へ戻り、アルファとしての責務を果たすだろうと。
だが予想に反し、ケールの彼女への独占欲は凄まじかった。
そしてジェニファーもまた、最初に約束したように大人しく身を引くような女ではなかった。
彼女の嫉妬は野火のように激しく、ことあるごとに様々な手段でマウントを取ってきた。
私の目の前でケールにつけられたマーキングを見せつけるごときは序の口。時には自傷して私がやったと喚き立て、私とケールの脆弱な絆を引き裂こうとした。
ケールが私の子を望まなかった理由──それは、ジェニファーが発情期にわざと最初の子を流産し、私が食事に「月影の花」を盛ったのだと濡れ衣を着せたからだ。
それを真に受けたケールは、罰として二度と私に触れようとしなかった。満月のたびに訪れる発情期の苦しみを、私一人に耐えさせたのだ。
他の雌狼たちは、独りぼっちで満月の夜を過ごす私を見て、陰で嘲笑っていた。
「あのルナを見てよ。自分のアルファさえ繋ぎ止められないなんて。一生アルファの子を産めないなんて、群れの恥さらしね」
辛い記憶が蘇りかけたその時、セラフィナの声が私の思考を断ち切った。
『ケール!』
彼女の声には危険な唸り声が混じっていた。
『あたしがキャロリンみたいに言いなりになるとでも思ったか?』
『よく聞きな。もしその薄汚い「はぐれ狼」を一歩でも領地に踏み込ませてみろ、あたしの手で八つ裂きにしてやるからな!』
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