22回も遅すぎた

22回も遅すぎた

渡り雨 · 完結 · 16.1k 文字

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紹介

私は、B市を牛耳るマフィアのドン、福山新城の名ばかりの妻だ。

この街で最も盛大な結婚式で永遠を誓い合った。三千人もの招待客に見守られ、通りは色鮮やかな花々で埋め尽くされていた——ただ一つ、法的に認められた婚姻届だけが、どこにもなかった。

この三年間、彼は入籍を二十一回約束し、そして二十一回、自らの手でそれを反故にしてきた。

同じネックレスを二つ買い、私ともう一人の女の首にそれぞれ飾る。愛人を一晩中慰めるために時間を費やし、私には「すまない」という軽い謝罪の言葉一つを投げ与えるだけだった。

そして迎えた二十二回目。私はもう、待つことをやめた。

荷物をまとめ、彼が一生足を踏み入れたがらない街へと向かったのだ。

だが私は知らなかった。私が去った裏で、裏社会の頂点に君臨するその男が、完全に理性を失い暴走していたことなど。

チャプター 1

——

「加奈子、南区の地下牢で少し厄介なことが起きてな」

 耳障りな風の音に混じり、新城の声が響く。そこには一切の反論を許さない、冷酷な響きがあった。

「須田に情報を流した裏切り者を何人か捕らえた。俺が直接処理しなければならない。入籍の件だが——」

「わかった」

 彼の言葉を最後まで聞かなかった。

 自分でも不思議なほど、心は凪いでいた。

 その異様なほどの素直さに、電話の向こうで彼が一瞬言葉を詰まらせたのがわかった。やがて声のトーンを落とし、まるで施しでも与えるかのような甘い声色に変わる。

「いい子だ。今日のディレクター昇進、おめでとう。片付いたら、夜は二人で祝おう」

 通話が切れた。

 私はシートに深く背を預け、車窓を流れていくB市の街並みを見つめた。

「佐々木、南区の地下牢へ」

「ですが奥様、本日は市役所へ……」

 佐々木の声が途切れた。ルームミラー越しに、彼の目に一瞬よぎった感情が見えた——それは驚きではない。何度も同じことを見せられ、すっかり慣れきってしまったがゆえの諦観だ。彼は黙ってハンドルを切り、街の反対側へと車を走らせた。

 これで二十一回目だ。新城と惹かれ合ってから七年。街中を巻き込むほど盛大な結婚式を挙げ、夫婦として三年も同じ屋根の下で暮らしているというのに、法的効力を持つ婚姻届はただの一枚すら存在しない。

 二十一回の予約と、二十一回の突発的なトラブル。佐々木にとっても、それはとうに日常茶飯事となっていた。

 南区にある廃工場の近くで車が止まる。スモークガラス越しに、新城の姿が見えた。彼は地下牢の外に立ち、漆黒のスーツ姿で、指先には半分ほど燃えた葉巻を挟んでいる。微かに眉をひそめたまま、地下牢へ足を踏み入れる様子は一切ない——まるで、裏切り者の尋問よりもはるかに重要な何かを待っているかのように。

 五分後。一台の黒いベントレーが甲高いブレーキ音とともに彼の目の前に停まった。ドアが開き、一人の女がよろめきながら飛び出してくる。そして、裏社会の誰もが恐れるその男の胸へと、ためらいもなく飛び込んだ。

 美智子だった。

 これほど離れていても、彼女の肩が激しく震えているのがわかる。新城は彼女を突き放すことなく、ごく自然な仕草でその腰を抱き寄せた。

 つい今日の午前中、ステラ・グループのディレクターの任命書が正式に下りたばかりだった。候補者のリストには私と美智子の名があり、勝ったのは私だ。

 数日前の深夜、私の耳元で囁いた新城の言葉が唐突に脳裏をよぎる。

『加奈子、お前はもう俺の妻なんだ。ディレクターの座は美智子に譲ってやってくれ。外の連中は、俺の力で昇進したと噂するだろう。お前が陰口を叩かれるのは耐えられないんだ』

 そう語りかける彼の口調は、いつだって心の底から私を案じているかのように優しかった。

 窓の外では、彼が身を屈めて美智子に何かを語りかけている。そして彼女を庇うように優しく抱え込み、分厚い鉄の扉の奥へと連れ立って消えていった。

 なんとも絶妙な選択だ。ここは彼の完全な私有地。中から聞こえてくるのが裏切り者の悲鳴であろうと、あるいは別の声であろうと、誰も詮索などできるはずもない。昇進争いに敗れて泣き崩れる女を慰める場所として、これ以上ないほど完璧だった。

 ふと視線を落とすと、自分の手が膝の上にある一枚の紙を強く押さえつけていることに気づいた。それは、無残に皺くちゃになった婚姻届だった。

「会社に戻って」

 七年間の関係を、終わらせる時が来たのだ。

 私は退職願を人事部長の金田の前に差し出した。彼は封筒をじっと見つめ、普段は感情を表に出さないその顔に、一瞬だけ明らかな驚愕の色を浮かべた。

「任命の辞令が出てから、まだ四時間も経っていませんよ。福山氏はこの件をご存知なのですか?」

「後で私から伝えます」

 金田人事部長は私を食い入るように見つめ、深く息を吐き出して椅子の背もたれに寄りかかった。

「この七年、あなたは倒産寸前だったこの会社を立て直し、街の市場の六割を握るまでに成長させた。あなたがいなければ、ステラ・グループは今頃……」

 彼は言葉を切り、私の肩越しにガラス張りのオフィスの外へ視線を向けた。その先にあるのは——美智子のデスクだ。

 夜の九時。明かりの消えた寝室に一人で座っていた。新城はまだ帰らない。

 ふいにスマートフォンが光り、特別通知を知らせた。美智子が三十分前に投稿した写真だ。背景は街で最も高級な大劇場。画面の中央には、VIP席に座る男の横顔が写り込んでいる。スーツの裾から視線を下ろすと、右手がコートのポケットに無造作に突っ込まれていた——そこは、新城が常に銃を忍ばせている定位置だ。

 涙は出なかった。むしろ異様なほど頭は冴え渡っていた。

 パソコンを立ち上げ、受信ボックスに三ヶ月間眠っていた一通のメールを開く。C市の須田グループからだった。あちらの人事トップが、現在の三倍の年俸で引き抜きをかけてきていたが、私はずっと返信を保留していた。

 C市——その名は、新城の前では絶対の禁忌とされている。九年前、彼がそこで何に遭遇したのか、誰も口にしようとはしない。私も決して尋ねなかった。ただ、彼がそれ以来一度もその地を踏んでおらず、私にも近づくことを決して許さなかったことだけは知っている。まるで、その街自体が彼の手によって引かれた絶対的な境界線であるかのように。

 私は彼を知り尽くしている——骨の髄まで染み込んだような支配欲を持つ男だ。私がどこへ逃げようと、彼がその気になれば、いつでも連れ戻すことができる。

 唯一の例外が、C市だ。あの街へ行けば、きっと私たちは二度と顔を合わせることはないだろう。

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