紹介
しかし、私の従順さへの見返りは、冷徹な夫の無関心と、我が物顔で家に上がり込む夫のお気に入りの女性助手。そして、実の息子からガラスの器を投げつけられ放たれた「出ていけ!」という残酷な言葉だった。
破片で手を血に染める私に、夫が浴びせたのは「子供相手に大人気ない」という責め苦。
その瞬間、私の心は完全に冷め切った。
すべての財産と親権を放棄し、クシャクシャになった離婚届を置き、私は土砂降りの雨の中へと決別した。
誰もが思った。後ろ盾もなく、五年も社会から離れていた「落ちぶれた元妻」は、すぐに泣きついて復縁を乞うだろうと。
だが2週間後、元夫が「資金援助の打ち切り」という卑劣な手段で再び彼女を支配しようとした時、世界の金融界と科学界に激震が走る!
チャプター 1
実の息子の誕生日会――なのに、彼は別の女を「ママ」と呼んだ。
夜6時。雪見絵里のもとにようやく夫から連絡が入った。誕生日会は5時開始に変更した、と。
絵里はすぐに研究室を飛び出し、土砂降りの中を急いでケーキを受け取りに向かった。
宴会場の扉を押し開けた瞬間、長い髪はぐっしょり濡れ、みっともないほど惨めだった。
ところが中はすでに賑やかで、客たちは食事を始めている。中央のテーブルには、夫と息子。その間に、見知らぬ女が座っていた。女は息子の手を握り、笑いながら夫に身体を預けている。
絵里の足が止まった。
顔に浮かべていた笑みが、少しずつ薄れていき――消えた。
五年、耐えろと言い聞かせてきた。
けれど、この瞬間にすべてが分かった。
絵里は手にしていたケーキの箱を雑に脇へ置き、テーブルから紙ナプキンを数枚取ると、落ち着いた所作で濡れた髪を拭き始めた。
雨に濡れた黒のワンピースが肌に貼りついている。化粧も崩れ、髪も乱れていた。それでも絵里は、その場の誰より目を引いた。
数分後、ようやく視線が集まる。
「……藤原社長の奥様じゃない?」
「例の、しつこく藤原家に嫁いだ女? 妊娠で結婚迫ったっていう……社長も言ってたよね、あれは夫人の器じゃないって」
公の場で悠太と並ぶたび、絵里はこういう噂を聞かされてきた。
以前なら胸が痛んだ。けれど今は、もう麻痺している。
絵里はその二人に口元だけで微笑みかけた。相手は気まずそうに視線を逸らす。
絵里はケーキを持ち直し、息子――藤原直人の前まで一歩ずつ歩いていく。
「お誕生日おめでとう」
難産の、あの心臓を抉るような痛みがふっと蘇る。絵里はしゃがみ込み、笑ってみせた。
「ママ、プレゼント用意したの」
だが、さっきまで上機嫌だった男の子の丸い頬に、この年齢に似つかわしくない嫌悪が浮かぶ。
直人は絵里を睨みつけ、食べていたフライドポテトをそのまま投げつけた。
「来るなって言っただろ! 呼んでない!」
「直人」
直後に、悠太の低い声が飛ぶ。苛立ちを含んでいる。
しかし彼が言ったのは――
「物を投げるな。みっともないだろ」
絵里への無礼は、間違いだとも思っていない。
なぜ。あれほど根気強く、理論通りに育ててきたのに。
絵里は立ち上がり、声を張る。
「直人。私はあなたの母親よ」
「絵里さん、子どもの言うことですから、真に受けないでください」
息子と夫の間に座っていた女が立ち上がった。
赤いベアトップドレス。栗色の長い髪が耳元に柔らかく落ち、いかにも優しげだ。
悠太の会社の専属秘書、小川雪枝。
「さっき私が冗談で、直人くんに『ママを怒らせてみな』って言っただけなんです。ほんとに悪気は……」
絵里は彼女の瞳の奥に、あからさまな挑発を見た。
「なるほど。息子が実の母親に失礼なことを言ったのは、あなたの入れ知恵ってわけ」
絵里はくすりと笑う。
「さすが藤原グループの社員ね」
「絵里」
悠太が立ち上がった。
仕立てのいいスーツ姿の彼は、相変わらず人前では隙がない。だが絵里へ向ける視線だけは、いつも通り冷たかった。
さっき絵里が入ってきた時、彼の顔には柔らかな笑みがあった。――だが今、その笑みは跡形もない。
「君が不機嫌なのは分かる」悠太が言う。
「時間を変えたのは俺だ。知らせなかったのも俺の落ち度。だから、他人に当たるな」
雪枝は専属秘書で、幼なじみ。
彼の予定はいつも彼女が握っている。まるで二人の生活さえ操っているみたいに。
結婚式の夜だって、雪枝は悠太に海外会議をねじ込み、絵里は新婚初夜をひとりで過ごした。悠太は何もおかしいと思わなかった。
誕生日会の時間変更が雪枝の差し金じゃないなんて――信じろと言われても無理だ。
けれど、もうどうでもいい。
「別に」絵里は顎を上げる。
「ただ、分かっただけ」
悠太は眉を寄せた。意味が分からない顔をするが、追及もしない。
そのとき――
「こんなブサイクなケーキいらない!」
直人が絵里のそばのケーキ箱を見るなり、手のひらで叩き落とした。
床に落ちた箱はリボンがちぎれ、ケーキは無残に潰れて散らばる。
「雪枝ママが買ってくれたケーキがいい!」直人は期待に満ちた目で顔を上げる。
「それ、グルテンフリーよ」絵里は床を一瞥し、淡々と言った。
「あなたは普通のケーキ食べるとアレルギー出るでしょ」
「大丈夫ですよ」雪枝がにこやかに言う。
「私が買ったのはオーガニックですし。直人くんはきっと平気です」
「プレゼントは? 限定のレーシングカーって言ってたじゃん!」
直人は絵里を強く押した。
「ないなら帰れよ! お前、ほんと役立たず! 雪枝ママのほうがずっといい!」
ぐらり。絵里はよろけ、あえて一歩下がって、その「家族三人」から距離を取った。
「ママに失礼な子に、ママはプレゼントしない」
胸がズタズタになった。
人前でなければ、手が出ていたかもしれない。
次の瞬間、悠太が言った。
「誕生日の日にまで、子ども相手に意地を張るのか。自分の不満を直人にぶつけるな」
穏やかな口調。まるで悪いのは絵里だと言わんばかりに。
彼は二歩近づき、声を落とした。
「雪枝は家のことで大変なんだ。こういう場で家族の温かさを感じさせてやりたかった。だから直人と一緒にいてもらった。これくらいで不機嫌になるな」
「私が不機嫌になるって分かってて、連れてきたのね」
絵里は皮肉たっぷりに笑う。
「悠太。もし私が、『雪枝を帰さないなら離婚する』って言ったら、あなたはどうする?」
絵里は彼の顔を凝視した。ほんの小さな表情の揺れも逃さない。
一瞬だけ、彼の目に戸惑いが浮かんだ。だがすぐに冷たい不耐が滲む。
「絵里、冗談はやめろ。不満があるなら家で話せ」
「冗談じゃない」
絵里は淡々と続ける。
「私、もう決めたの」
そして、さっきから胸の奥で静かに固まっていた言葉を、丁寧に置いた。
「私たち、離婚しましょう」
離婚の話をちゃんとしよう――そう思ったのに、雪枝が甘ったるい声で割って入り、絵里の胃がむかついた。絵里はその場で踵を返す。
出ていく前に、息子へ言い置いた。
「これからは、雪枝があなたのママよ」
ハンドバッグの中には、直人のために買った限定のレーシングカー。
絵里は宴会場を出ていく。足取りは軽いのに、胸の奥から何かが流れていく。涙なのか、血なのか分からない。
離れるのは、心臓から肉を抉り取るみたいに痛むかもしれない。
でも、ここに居続ければ、絵里は日々すり減って腐っていくだけだ。
なら――互いのために、終わらせよう。
最新チャプター
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デイリー更新
天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい
屈辱に塗れ、身一つで夜逃げするように国を去った私は、その後に彼の「三つ子」を身ごもっていることに気づく。
――6年後。
私は世界に名を馳せる天才デザイナーとなり、奪われたすべてを取り戻すために帰国した。
しかし、悪辣な嘘に目を曇らされた知暁は、私を激しく憎み、「仇敵」として冷酷に立ちはだかる。
やがてすべての真実が白日の下に晒された時、彼は己の過ちに絶望し、プライドを捨てて泣きながら私に許しを乞うた。
だが、傷つけられた私の心はもう戻らない。私は彼の懇願を、冷徹に突き放した。
――もう遅いわ。あなたを一生、許すつもりはない。
そう誓ったはずの私だったが、予想だにしない誤算があった。
私たちが産んだ愛らしい三つ子たちが、今さら戻りたいと泣く父親の、まさかの最強の味方として動き出したのだから。
長年の結婚生活を終わらせたら、夫と息子が泣きついてきた
あの女のために、何度も私を置き去りにした二人。そして今回の件で、私はようやく完全に目が覚めた。
彼らは、私の愛を受け取るに値しない。
だから私は、正式に離婚協議書を差し出した。
すると、あろうことかこの二人は、声を揃えてこう言ったのだ。
――本当に深く愛していたのは、私の方だった、と。
ふん、今さら一体、何の真似のつもりかしら。
私が囲っている億万長者
彼は息を呑むほど美しく、落ちぶれていた。夫の裏切りがもたらした傷が完全に癒えるまで、彼をそばに置いておくつもりだった。
お金で彼の付き添いを買い、すべてのルールを私が決め、すべてを完全に掌握しているつもりだった。
けれど、私の隣で横たわるこの男の正体は、彼が語ったものとはまるで違っていた。
魅惑的な笑顔と抗いがたい容姿の下に隠されていたのは、仇敵から身を隠す億万長者の素顔だった。
今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。
身を引くことは、彼のそばにいることよりも、もっと危険かもしれない。
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
人生を謳歌する
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。
生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。
兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。
長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」













