紹介
その時、彼は何も言わずに送金してくれた。
しかしその日の夜、彼が私を見る目つきがおかしくなった。
「スターリング家は詐欺スキャンダルに深く関わっている。やはり血筋に貪欲さが流れているんだな」
その日から、セオドアは私をまともに見ようともしなくなった。
彼は公然と他の女性を様々な場所に連れ回すようになった。他の人々が私を金目当てで結婚したと嘲笑するのを放置していた。
今日は私の誕生日。胃痛が耐えられないほどひどく、病院の救急外来で座っている。
セオドアは新しい恋人の誕生日パーティーを開いている。
三万円の救急診療費の請求書を握りしめながら、私は彼に電話をかけた。
「セオドア、離婚しましょう」
「またか。今度はいくら脅し取るつもりだ?」
チャプター 1
母の命が風前の灯火だったあの日。スターリング家の没落令嬢である私は、結婚から一週間も経たずに、婚前契約書に記された三千万円の支払いを夫に求めざるを得なかった。
彼は一言も発さず、即座に送金してくれた。
だがその夜、私を見つめる彼の瞳に、見知らぬ感情が宿っていた。
「スターリング家は詐欺スキャンダルに塗れている。やはり、その汚れた血には貪欲さが流れているらしいな」
その日以来、セオドアが私をまともに見ることはなくなった。
彼は公然と他の女を伴って社交場に出入りし、私が「金目当てで嫁いだ女」だと周囲に嘲笑されても、それを甘んじて受け入れさせた。
今日は私の誕生日だというのに、胃の激痛に耐えかね、私は病院の救急待合室で小さくなっている。
一方のセオドアは、新しい恋人のために盛大な誕生日パーティーを開いている最中だ。
手に握りしめた三万円の救急医療費請求書。震える指で彼に電話をかけた。
「セオドア、離婚しましょう」
「またその話か。今度はいくらふんだくるつもりだ?」
「五十万か?」
「百万?」
「それとも二百万か?」
彼の声は嘲りに満ちている。
私が口を開く間もなく、受話器の向こうから女の笑い声が響いた。
「ねえセオドア、先週はストリートアーティストに五百万ドル円もチップをあげたのに、奥さんにはずいぶんケチなのね」
「……あれとはわけが違う」
セオドアは二秒ほど沈黙し、明らかな嫌悪を滲ませて言った。
「ゴミと芸術品、同じ値段がつくわけないだろう」
その言葉は鋭い刃となって私を貫き、辛うじて残っていた自尊心を粉々に打ち砕いた。
契約書の金を使って以来、セオドアが私に優しい顔を見せたことは一度もない。
金目当ての結婚だと思われたくなくて、私は必死に彼の心を取り戻そうとした。
最後に残った高級ブランドのブレスレットを売り払い、彼に誕生日プレゼントを買ったことさえあった。
だが彼は、包みを開けようともせず冷笑しただけだった。
「またそんな小細工で俺を感動させようって魂胆か? 回りくどいことはやめて値段を言え。今回はいくら欲しい?」
あまつさえ、夫婦として最も親密な夜でさえ、彼は私を辱める機会を逃さなかった。
「勘定してやるよ。これはお前の業務の範囲内か? それとも、これにも追加料金が発生するのか?」
この二年間、何度説明したかわからない。
あの日の要求は、本当に切羽詰まってのことだったのだと。
母の心臓に入れたステントに感染が起こり、緊急手術をしなければ命に関わると医師から告げられた。
当時の私には、契約書の金に頼る以外に道はなかった。
けれど、彼は決して信じようとしなかった。
いつも汚物を見るような目で私を見下し、こう吐き捨てるのだ。
「コーデリア、お前を見ていると吐き気がする」
「何がクソ緊急手術だ! 俺は調べたんだぞ、あの日あんたの母親はただの定期検診だったとな!」
窓の外では、絶え間なく打ち上がる花火と人々の歓声が響いている。
私は努めて平静な声を出した。
「あなたのお金なんていらない。ただ、離婚したいだけ」
「いつ手続きできる?」
セオドアは明らかに私を信じていなかった。
あの深い軽蔑の念が、電話越しにも伝わってくる。
「コーデリア、本気でハリントンの姓を捨てる気か? いいだろう。なら、まずはあの時の三千万円を返してもらおうか。お前の誠意とやらを見せてみろ」
そう言い捨てて、彼は一方的に通話を切った。
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
世間は、私が没落令嬢でありながら金持ちの旦那様に嫁ぎ、昔と変わらぬ優雅な生活を送っていると思っているだろう。
だが、事実はどうだ?
結婚して二年、婚前契約書に基づいて支払われたあの三千万円以外、セオドアから生活費を渡されたことなど一度たりともない。
元いた会社は実家の詐欺事件を理由に私を解雇し、他の企業も私を雇おうとはしなかった。
この二年間。
私は独身時代のわずかな貯金を切り崩して生きてきた。
それもすべて、母の医療費として消えていった。。
今の私には一銭もない。
セオドアに返す三千万円など、どこを探してもあるはずがなかった。
病院の廊下で立ち尽くし、請求書を握る手が震える。
近くでは若い看護師たちがスマートフォンの画面を覗き込み、ライブ配信に興じていた。
「嘘でしょ、ハリントンさんって彼女に超尽くすじゃん。プライベートクルーザーに花火ショーって、完全におとぎ話の世界!」
「だよね! 今日が彼女の誕生日で、花火とドローンショーが見たいって言ったら、湾ごと貸し切っちゃったんだって。ロマンチックすぎ!」
「でもハリントンさんって、奥さんいなかったっけ……」
「だから何? お金持ちなんてそんなもんでしょ。それにスターリング家が破産した後、奥さんはこの結婚にしがみついて生きてるって噂だし。お金さえもらえれば、旦那が外で何してようと文句なんて言えないって」
その言葉を聞いた瞬間、胃が雑巾のように絞られるような激痛に襲われた。
だが同時に、私は何かを悟ったのかもしれない。
もしかすると今こそ――徹底的にすべてを変える時なのかもしれない、と。
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