紹介
祭壇の前で優しい婚約者と向き合いながら、心にもない「誓います」という言葉を口にするのに必死だった。三年間、私はもう二度と帰ってこない人――初恋の人を忘れようとしてきた。
軍は彼が戦死したと言った。涙が枯れるまで泣いて、やり直すことを覚えた。
結婚式の途中で、あの見慣れたシルエットを見るまでは。
「彼よ!絶対に彼に違いない!」私は友人に向かって必死に叫んだ。
「お疲れ様」友人は心配そうに私を見つめた。「結婚式のストレスで幻覚を見ているのかも…」
「幻覚なんかじゃない!」
だから私は人生で一番狂った行動に出た。すべての参列者の前で、血に染まったウェディングドレスを着たまま、教会から彼を追いかけて飛び出した。すべてを失うことになっても、真実を見つけなければならなかった。
チャプター 1
絵里視点
教会のステンドグラスを透した陽光が祭壇に降り注ぎ、純白のウェディングドレスに色とりどりの影を落としていた。私はそこで悟と向き合い、完璧な花嫁の笑みを必死に浮かべている。
『こんなこと、望んでない』
参列者たちの視線が、一身に私へと注がれている。誰もがこの「完璧な」結婚式を見届けようと、期待に満ちた目をしていた。母は最前列で満足げに涙ぐんでいる。ようやく娘を「ふさわしい」相手に嫁がせることができたのだから。医者で、安定していて、将来有望な男性に。
『でも、愛しているのは彼じゃない』
悟は紺のスーツを着ていた、その広い肩幅はジャケットを完璧に着こなしていた。彼の瞳には純粋な愛が込められていて、私に微笑みかけてくれる。この一年、彼は辛抱強く、私が心の傷から立ち直るのを待ってくれていた。。
『この人を愛せたら、どんなにいいだろう』
私の唇はこわばったまま弧を描き、心は氷のように冷たく閉ざされている。この結婚は、初めから両親が決めたことだった。まるで精巧な磁器の人形のようにここに立たされ、信じてもいない誓いの言葉を口にするのを待っているだけだ。
牧師の厳かな声が教会に響いた。「水原絵里、あなたは星野悟をあなたの夫として迎えることを誓いますかし……」
呼吸が速くなる。胸が締め付けられ、何か重いものに押し潰されそうだった。
『無理。私には、やっぱり無理だ』
「……健やかな時も、病める時も、豊かな時も、貧しい時も……」
その一言一言が、杭のように私の胸に打ち付けられる。私はあの人を想った。もう二度と帰ってはこない、あの人のことを。
「……生涯にわたって愛し続けることを誓いますか?」
「わ、私は……」
自分の心に背いて「はい、誓います」と答えようとした、その瞬間。視界の端で、教会の後方に動く気配を捉えた。その動きに、私の世界は一瞬で凍りついた。
まさか。ありえない。
私は顔を上げ、白いベールの向こう、後方の席に目を凝らした。一人の男性が、私に背を向け、ゆっくりと脇の出口へと歩いていく。
『あの、後ろ姿……』
心臓が止まった。世界が激しく回転し始める。
『嘘。そんなはずがない』
手からブーケが滑り落ち、白い薔薇が床に散らばった。
「絵里?」悟の心配そうな声が届く。
でも、もう何も聞こえなかった。私の世界には、消えていくあの後ろ姿しか存在しなかった。三年間、この三年間、数えきれないほど夢に見てきた後ろ姿。
『和也だ。間違いなく、彼だ』
「そんな……」私は震える声で呟いた。「ありえない……」
参列者たちがざわめき始め、囁きが波のように広がる。驚愕の視線を感じたが、すべてが霞んで見えた。
『今、追いかけなければ、一生後悔する』
私はブーケを投げ捨て、ドレスの裾を持ち上げると、後方へと駆け出した。
「絵里! 何を......」悟が驚愕に叫ぶ。
大理石の床にハイヒールの音が性急に響き、純白のトレーンが翻る。参列者たちの息を呑む音、椅子が倒れる音、誰かがスマートフォンを取り出して撮影を始める気配。
『どうでもいい。もう、何もかも』
教会を飛び出すと、傾きかけた太陽の光が目に突き刺さった。駐車場からは、数台の車が走り去っていくところだった。
「待って!」私は駐車場に向かって叫んだ。「お願い、待って!」
しかし、返ってきたのは自分の声の反響と、遠ざかるエンジンの音だけだった。
ハイヒールを蹴り飛ばし、裸足でアスファルトの上を走った。鋭い小石が足の裏に食い込んだが、痛みは感じない。ただ必死に捜す。涙で視界が滲んでいく。
『どこ? どこにいるの?』
「和也!」私はヒステリックに叫んだ。「和也、本当にあなたなら、私を置いていかないで!」
その時、出口でゆっくりと走り去ろうとするタクシーが目に留まった。窓にはぼんやりとした人影が見えたが、距離が遠すぎてはっきりとは見えない。
『和也なの?』
「いや! 行かないで!」夢中でスパートをかけたが、引きずっていたドレスのトレーンが足に絡みついた。
アスファルトに激しく叩きつけられた。膝と手のひらがざらついた地面に擦られ、焼けつくような痛みが走る。ウェディングドレスに血が滲んだが、構わずにもがき、追いすがろうとした。
タクシーはすでに交通の流れに合流し、夕日の中に完全に消えてしまった。
私は駐車場の真ん中で膝から崩れ落ち、世界がガラガラと崩壊していくのを感じた。
『見失った。また、彼を失ってしまった』
深い絶望が心を覆い、私は両手で顔を隠して泣いた。胸の奥が痛み、息をするのもつらかった。
「絵里!」親友の中村美咲が、悟を伴って駆け寄ってきた。
先に駆けつけた美咲は、私の怪我を見て息を呑み、私を抱きしめた。「大変、血が出てるじゃない! 一体どうしたの?」
「彼よ!」私は彼女の腕を掴んだ。「和也なの! 彼が戻ってきたの! 生きてたのよ!」
美咲は衝撃に目を見開き、悟の瞳も大きく見開かれた。
「見た?」私は必死に彼女を揺さぶり、そして悟の方を向いた。「さっきの男の人? あのタクシー?」
美咲は困惑したようにあたりを見回し、首を振った。「絵里、私は何も見てないけど……」その声には心配の色が滲んでいた。「ここには誰もいないわよ」
「違う!」私は叫んだ。「和也なの! 私は見たの! タクシーに乗ってた! 帰ってきたのよ!」
悟が屈み込み、私の怪我を確かめる。その表情は複雑だった。心配と、何か重いものを背負ったような苦悩が入り混じっていた。
「見たの」私はしゃがれた震える声で訴えた。「おかしいって思うかもしれないけど、本当に見たの。あの後ろ姿……和也だった。彼が帰ってきたのよ!」
一時間後、私たちはホテルの個室にいた。私はソファにぐったりと座り、破れたウェディングドレスが床に広がっている。医者が傷の手当てをしてくれたが、心の痛みに効く薬はない。美咲が水を差し出してくれるが、私の手はまだ震えていた。
結婚式は完全に台無しになった。参列者は皆帰ってしまった。同情するように首を振る人もいれば、取り乱した花嫁の噂話をする人もいた。
でも、そんなことはどうでもよかった。
「絵里」悟が向かいに座り、真剣な表情で言った。「君は本当に、さっき見たのが和也だと信じているのか?」
「確信してる」私は頷き、かすれた声で答えた。「正気じゃないって聞こえるでしょうけど、私にはわかるの。あの後ろ姿、あの懐かしい感じ……」
「絵里、ねえ」美咲が私の手を優しく撫でた。「結婚式のストレスで、幻覚でも見たんじゃないの……?」
「幻覚なんかじゃない!」私は彼女の言葉を遮り、再び涙を流した。「和也だったの! 絶対に彼よ! 帰ってきたの!」
長い沈黙の後、悟さんは深く息を吸った。「君が、彼を見たと確信しているのなら……」
彼は言葉を切り、複雑な目で私を見つめた。
「でも、和也は死んだはずだ……違うか?」
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しかし――
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