遅すぎた哀悼

遅すぎた哀悼

大宮西幸 · 完結 · 18.9k 文字

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紹介

私は成績が一番良くて、一番素直で、一番言うことを聞く子供だった。
それなのに、家族の中で唯一愛されなかった。

兄が喧嘩をすれば、私が代わりに罰を受けた。
姉が男と付き合えば、私が代わりに苦しんだ。
母は兄にタバコをやめさせるため、私に薬を飲ませて胃洗浄をさせた。
父は姉に悪い道に進むなと警告するため、十歳の私を娼婦のように着飾って歓楽街のバーに放り込んだ。

そして最後に、彼らは私を数万円で博打打ちに売った。

私は真っ暗な池で死んだ。
誰も私の助けを求める声を聞かなかった。

でも私の魂が家に戻ったとき、彼らは食卓を囲んで笑い合っていた。

警察が玄関のドアを叩くまで、彼らは気づかなかった——私がもう七日間も消えていたことに。

その後、兄は毎日、渡せなかったチョコレートを抱いて泣いた。
姉は毎晩、十歳の私がバーでもがき叫ぶ夢を見た。
父は毎日、私の墓の前で跪いて懺悔した。
母はあの博打打ちを殺した後、同じ池に身を投げた。

彼らはついに私を愛した。
けれど私は、もういなかった。

チャプター 1

 リビングで、見知らぬ女が私をじろじろと値踏みしていた。

「お父さん! お母さん!」

 私は反射的に両親の元へ駆け寄ろうとしたが、二人は冷淡に立ち尽くしているだけだった。お兄ちゃんやお姉ちゃんでさえ、まるで他人事のような顔をしている。

 女が近づいてくる。私は怯えて後ずさりした。

「動くんじゃないよ」

 その声は、紙やすりで擦ったように耳障りでしわがれていた。

 女は枯れ木のような手を伸ばすと、私の二の腕を揉み、脚を撫で回した。まるで商品を検品するかのように。逃げようとしたが、力は驚くほど強かった。

「どこも悪いところはないだね。健康状態も問題ない」

 女は満足げに頷き、私の両親に向き直った。

「いい子だ。今日からアタシのものにするよ」

「この子を売るなら、今後一切連絡はなしだ」

 キャロルと呼ばれたその女は続けた。

「恩知らずを育てる趣味はないからね」

 頭の中で何かが弾け、世界がぐるぐると回り始めた。

「嫌! 売らないで!」

 私は必死に首を振り、涙が溢れ出した。

「お父さん、お母さん、信じて! 今回のことは私、関係ないの! お金も盗んでないし、誰とも付き合ってない!」

 床に膝をつき、お母さんの脚にしがみつく。

「お母さん、離れたくない!」

 だお母さんは、氷のような視線を私に投げかけただけだった。そしてマディソンとカスピアンの方を向く。

「二人とも、よく見ておきなさい。あなたたちも過ちを犯せば、こうなるのよ!」

 言い捨てると、四人はそのまま二階へと上がっていった。リビングには、私とキャロルだけが取り残された。

「嫌! 行かないで!」

 追いかけようとした私の腕を、キャロルが乱暴に掴む。女は顔を歪めて高笑いした。

「見たのか? あんたの親の目には、お兄ちゃんとお姉ちゃんしか映ってないんだよ。あんたのことなんて、これっぽっちも気にしてない! 彼らにとって、あんたはいつでも捨てられるゴミと同じなんだ!」

 ズルズルと外へ引きずられる。私はドア枠に必死でしがみついた。

「離して! あんたとなんか行きたくない!」

「無駄な抵抗はおよし、チビ」

 バチンッ。キャロルの平手が私の頬を打った。

「あんたはもう、アタシの娘なんだよ!」

 カスピアンの部屋では、母エヴァンジェリンが息子を問い詰めていた。

「いい? 妹が出ていくことになったのは、あなたが学校で喧嘩をして、同級生を病院送りにしたからよ」

「でもお母さん、僕は妹を守るためにやったんだ!」

 カスピアンは慌てて弁解した。

「あいつらが妹を泥棒扱いして、殴ろうとしたから、だから手を出したんだ!」

「言い訳は聞き飽きたわ!」

 母の声は冷徹だった。

「真実は分かっているの。マーカスに数学のカンニングを指摘されて、先生に言うと脅されたから殴りかかったんでしょ。妹を守るためなんかじゃないわ!」

 カスピアンの顔から血の気が引いていく。

「お母さん、僕は……」

「あの子は、あなたの行いの代償を払っているの!」

 母は一言一句を噛み締めるように言った。

「あなたがもっと早くまともになっていれば、あの子が出ていく必要なんてなかったのよ!」

 カスピアンは床に座り込み、二度と口を開かなかった。

 一方、マディソンの部屋では、父セバスチャンが怒りに震えて指を突きつけていた。

「よくものうのうと泣けるな? お前が男と遊び歩いているせいで、妹が売られることになったんだぞ!」

「お父さん、違うの! 私は遊んでなんかいない!」

 マディソンは泣きじゃくった。

「タイラーは妹の彼氏なのよ。私はただ、二人を別れさせようとしただけ! 早すぎるし、良くないと思って、タイラーに妹から離れるように説得しに行ったの!」

「まだ嘘をつくか!」

 セバスチャンの怒号が飛ぶ。

「ホワイトさんが見たと言ってるんだ。お前があのタイラーという小僧と、学校の駐車場でキスをしているところをな!」

 マディソンの顔がカッと赤くなった。

「お父さん、それは説明させて……」

「何の説明だ?」

 父は突然、ベッドサイドの引き出しを開け、避妊具の箱を取り出した。

「じゃあ、これは? まさかこれも妹がお前の引き出しに入れたとでも言うのか? 十二歳の子供が、こんなものを買いに行くとでも?」

 マディソンは言葉を失った。

「今回、妹が連れて行かれたのは、全てお前のせいだ!」

 父は憎々しげに吐き捨てた。

「お前が身を慎まないなら、次に売られるのはお前だからな!」

 私はキャロルの運転する錆だらけのミニバンに放り込まれた。

 猿轡を嵌められ、脅された。

「大人しくしないと、風俗店に売り飛ばすよ!」

 風俗店。以前、私は娼婦のような格好をさせられて、あんな場所に連れて行かれたことがある。男たちのねっとりとした視線を、今でも鮮明に覚えていた。

 もう逆らう勇気はなかった。

 車は長いこと走り続け、やがて荒野にぽつんとある農場に停まった。

 キャロルは私を古びた納屋へと引きずり込んだ。中は埃とカビの臭いで充満している。

「ここでじっとしてな」

 カビの生えたパン数切れとペットボトルの水を床に投げ捨てる。

「カジノで勝ってきたら、うまい飯でも食わせてやるよ」

 そう言うと、彼女は慌ただしく鍵を掛けて出ていった。

 納屋の中は薄暗く、壁の穴から夕日の残光が差し込んでいるだけだった。私は隅で小さく丸まり、外の気配が消えるのを待った。

 長い時間が過ぎた。本当に彼女がいなくなったことを確信してから、私は暗闇の中で手探りを始めた。壁伝いに出口を探し、ささくれだった板で指を擦りながら、ようやくドアノブに触れた。

 そっと押してみる。なんと、ドアは開いた――キャロルが急ぐあまり、鍵をかけ忘れたのかもしれない。

 恐る恐る外へ出ると、すでに深夜だった。月光が荒れ果てた農場を照らし出し、辺りは死んだように静かだ。出口を探して、家に帰らなきゃ。

 帰れば、お父さんもお母さんも、私が必要だったって気づいてくれるかもしれない。今頃、後悔しているかもしれない。

 暗闇の中、ぬかるんだ地面を歩き続けた。ふと、足の裏に何かヌルッとした柔らかい感触があり、足が滑った――。

 瞬間、冷たい水が全身を包み込んだ。必死にもがいたが、暴れれば暴れるほど体は沈んでいく。汚濁した水が口や鼻に流れ込み、助けを呼ぼうとしても声にならない。

 恐怖、絶望、そして窒息感が一気に押し寄せる。

 意識が再び鮮明になった時、私の魂は中空に漂っていた。眼下には、深い闇の底へ沈んでいく私の体が微かに見えた。

 私は、死んだのだ。

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兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
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