遅すぎた愛

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渡り雨 · 完結 · 23.2k 文字

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紹介

私は、この世に生まれてはならない存在だったのだ。

両親は、血の繋がった私よりも、養子の妹・亜紀子を愛した。何につけても彼女を優先しろと私に言い聞かせ、果ては、私が心血を注いで書き上げたベストセラー小説まで、亜紀子のものにしろと命じた。

父は静かに、だが有無を言わせぬ口調で告げた。「亜紀子のためだ。それができないなら、お前はもう娘ではない」

母の言葉は、刃のように鋭かった。「家族か、あなたのちっぽけな自尊心か、選びなさい」

あろうことか、婚約者の賢一さえもが私を諭す。「少しは冷静になれ。亜紀子はずっと辛い思いをしてきた。君は才能があるんだから、また書ける」

そして私は、またしても、すべてを受け入れた。いつだってそうだったように。亜紀子が私の名前を、私の本を、私の栄光を、すべてを奪っていくのを、ただ見ているしかなかった。

だが、私が死んで初めて、彼らは後悔というものを知った。

チャプター 1

【真希絵視点】

 目を開け、瞬きを繰り返す。待って、さっきまで夜じゃなかった?

 起き上がろうと試みるが、手は抵抗なく地面をすり抜けてしまった。

 嫌な予感が胸を貫く。視線を落とすと、歩道には死体が転がっていた。顔は原形を留めないほどに潰れ、血肉の残骸と砕けた骨が散乱している。頭部の周りには、どす黒く変色した血だまりが広がっていた。身につけている服は、私のものだ。

 あれは、私だ。

 自分の亡骸を見つめても、何の感情も湧いてこない。苦痛も、恐怖もない。ただ、奇妙な空虚感だけがそこにあった。

 その時、まるで鉤爪のような何かが胸の奥に食い込み、強烈な力で背後へと引きずり込まれた。どれだけ足掻いても無駄だった。

 ……

 視界が再び鮮明になったとき、私は実家のダイニングに立っていた。

 母がオレンジジュースを注ぎ、父は新聞を読んでいる。二人の向かいには義理の妹である亜紀子が座り、母の言葉に楽しそうに笑っていた。

 すべてが、反吐が出るほど「日常」そのものだった。

 私は部屋の隅に立っていた。誰も私を見ない。いや、誰にも私の姿が見えていないのだろう。

 ふと、亜紀子が顔を上げた。

「お母さん、真希絵お姉ちゃんは?」

 母の表情が即座に曇る。彼女は手に持っていたジュースのピッチャーを、ガンッ、と乱暴にテーブルへ置いた。

「あの子は死んだわ」

 その口調は平坦で、氷のように冷たかった。

 実体がないはずなのに、私は思わず身を縮こまらせた。

 頭の中には一つの考えしか浮かばない。母はこれが現実だと知りもしないくせに、あまりにも当然のことのように言い放ったのだ。

 突然、自分が死んだ理由が脳裏に蘇る。

 数日前、亜紀子がスマホを振り回しながら、文学賞を受賞したと金切り声で叫んだ。母は狂喜乱舞し、父は彼女を抱きしめた。

 そして父は私に向き直り、婚約パーティーを延期しろと言った。亜紀子の授賞式の方が重要だから、と。

「私の婚約パーティーなのよ?」

 父がこれほど簡単に私を切り捨てるとは信じられなかった。

「婚約なんていつでもできるでしょ」

 母は気にする様子もなく言った。

「亜紀子の受賞は、一生に一度のことなのよ」

 賢一までもが頷いた。

「日程は変えられるさ。亜紀子ちゃんには支えが必要なんだ」

 けれど、その受賞作を書いたのは、紛れもなく私だった。

 私が書いた小説がネットで大反響を呼んでいるのを知った亜紀子は、床に膝をつき、泣きながらその物語の権利を譲ってくれと懇願したのだ。

『お願いよ真希絵お姉ちゃん、今回だけでいいの、私にちょうだい。お姉ちゃんは何もかも持ってるじゃない。私には何もないのよ』

 父は私を脇へ引っ張り、こう言った。

『妹のために譲ってやれ。それができないなら、お前はもう俺の娘ではない』

 母はもっと直接的だった。

『家族を取るか、自分のちっぽけなプライドを取るか選びなさい』

 賢一は私を抱き寄せ、諭すように言った。

『冷静になれよ。亜紀子ちゃんも今まで苦労してきたんだ。君ならまた別の一冊が書けるだろう?』

 そうして、私はまた妥協した。いつものように。亜紀子に私の名前、私の本、私の賞を奪われることを許した。

 なのに今、彼らは私の婚約パーティーさえも奪おうとしている。

 私は拒絶した。

「お前は自分勝手すぎるぞ」

 父が声を荒らげた。

 心の中で、何かが音を立てて完全に砕け散った。自分勝手? 何もかも彼女に与えてしまった後で、私が?

「ただ時間を変えるだけじゃないの」

 母が強硬に言い募る。

「嫌よ」

 私の婚約者であり、誰よりも私の味方であるべき賢一が、あろうことか嘆息した。

「わがまま言うなよ」

「……いいわ。みんなで亜紀子の授賞式に行けばいい。私は一人で祝うから」

 父の顔が朱に染まった。

「延期しないと言うなら、行かないからな」

「来なくて結構」

 私は踵を返し、この息の詰まる場所から逃げ出そうとした。

 母が立ち上がる。

「このドアを出て行くなら、二度と戻ってくるんじゃないわよ」

 私はバッグを掴み、振り返って言い放った。

「これ以上私を追い詰めるなら、あの本を本当に書いたのは誰なのか、世間すべてに公表してやる」

 亜紀子が息を呑む音がした。母の顔色が蒼白になる。

 私はそのまま家を出た。

 薄汚れた殺風景なモーテルに転がり込んだ。中央が窪んだベッドに横たわり、天井の雨漏りのシミを睨みつけながら、涙が髪を濡らすに任せた。

 二十五年間、ずっとこうだった。誰も私の味方をしてくれなかった。とっくに慣れているはずなのに、どうしてまだ事態が好転するなんて期待してしまうのだろう?

 翌日、私はいつも通り仕事に行った。夜、退勤する頃には怒りもいくらか収まっていた。私が厳しすぎたのかもしれない、あの忌々しいパーティーを延期することに同意すべきだったのかもしれない、と考え始めていた。

 駐車場でスマホを取り出そうとした瞬間、背後から何者かに羽交い締めにされた。

 蹴り、体をよじらせて抵抗したが、無駄だった。

「クライアントからの指示でな、一日閉じ込めておく」

 男の一人が私の耳元で低く囁いた。

「授賞式に行けないようにな」

「だが、少し痛い目にも遭わせておけ、とも言われてるぜ」

 もう一つの声が応じた。

 彼らは私をバンに押し込み、すべてが闇に包まれた。

 郊外の廃墟のような建物に連れ込まれ、私は拳と足で暴行を受けた。必死に抵抗したが、返ってきたのはさらに激しい痛みだけだった。男の一人が石で私の顔を殴りつけた時、失明したかと思った。顔中が血で覆われているのだけが分かった。

 混乱の中、どうにか拘束を解き、よろめきながら道路へと逃げ出した。顔は痛みと湿り気でぐちゃぐちゃで、足は立っているのがやっとの状態だった。

 震えの止まらない手でスマホを取り出し、まずは父にかけた。

『おかけになった電話番号は、着信拒否されています』

 嘘、お願い。

 次に母にかけると、彼女はあろうことか電話に出た。

「何? 手短に言ってちょうだい。今、亜紀子のドレスを選んでるの」

「お母さん……」

 私の声は掠れ、途切れ途切れだった。

「お母さん、お願い……」

 電話の向こうから父の声が聞こえた。

『またパーティーのことか? 甘やかしすぎたんだ。まるで子供だ、家出で気を引こうなんざ』

「あの子が自分で戻ってくるなら、今回だけは許してやろう」

 父は続けた。

「だが戻らないと言うなら、一生消えていればいい」

「お母さん」

 私は咽び泣いた。口の中は鉄錆のような血の味がした。

「誘拐されたの……殴られて、お願い、すぐに助けに来て……私、死んじゃうかもしれない……」

 電話の向こうに、沈黙が落ちた。

 やがて、母は短く、冷酷な嘲笑を漏らした。

「お芝居はもうたくさんよ。そんな見え透いた嘘で、私たちが考えを変えるとでも思った? 本当に死にたいなら、勝手に死になさい」

 通話が切れた。

 私は漆黒の闇に包まれた路上に立ち尽くし、スマホを見つめた。涙と血が、砕かれた頬を伝って流れ落ちる。

 私は再びスマホを握りしめ、警察に助けを求めようとした。

 その時、どこからともなく一台の車が猛スピードで突っ込んできて、私を激しく跳ね飛ばした。

 体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。全身を激痛が駆け巡り、同時に感覚が麻痺していくようだった。声が聞こえた。あの誘拐犯たちだ。彼らは一時停止し、血まみれになった私を見下ろした後、車に乗り込んで走り去った。

 頭が重い。視界が霞む。

 普通の親は、子供を愛するものだ。意識が遠のく中、私は思った。けれど私の親は、私を憎むことしか知らない。

 そのすべてを思い出し、涙が頬を伝った。幽霊でも泣くことがあるのか。どうやら、あるらしい。

 母は私に「死ね」と言った。そして今、私は本当に死に、彼女はついにその願いを叶えたのだ。

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