紹介
ドアの隙間から、ベッドの上の二人が見えた。
寺紗はアイマスクをされて、手首をシルクのスカーフでベッドのヘッドボードに縛りつけられている。
覚の両手が彼女の喉元を締め上げていた――いわゆる首絞めプレイ、だと思った。
しかし、彼女の甘い声は、やがて苦しそうなむせ返る音に変わっていった。
身体が大きく痙攣し、縛られた両手が空を掻くようにもがき、脚はマットレスを必死に蹴りつける。
――そして、ぴたりと動かなくなった。
覚は手を離し、寺紗の首筋に指を当てて脈を確かめ、それから小さくため息をついた。
そして、タバコに火をつけた。
彼はそのまま彼女の身体の隣に腰掛け、スマホをいじり始めた。
慌てる様子もない。心臓マッサージもしない。110番に電話もしない。
まるで、人が死ぬところを見るのはこれが初めてじゃないと言わんばかりに。
悲鳴をこらえるために、自分の手を思いきり噛んだ。
床には血が広がり、ゆっくりと私の裸足のほうへ滲むように近づいてくる。
そして、彼はクローゼットのほうへ歩いてきた。
あの夜、私はどうにか逃げ出した。文字どおり、命からがら。
階段を駆け上がり、三階上のフロアに住む隣人の部屋へと転がり込んだ――
芦田成美医師。トラウマ治療を専門にしているセラピストだ。
美しくて、温かくて、そこにいるだけで人を安心させるような女性。
彼女は私を部屋の中に引き入れ、ドアに鍵をかけ、温かいお茶を差し出した。
「警察にはもう連絡したわ」
「もうすぐ来てくれるはずよ」
一時間が過ぎた。それでも、サイレンの音は聞こえてこない。
私は彼女を見た。
彼女は、静かに微笑んだ。
チャプター 1
婚約者の両手が、私の親友の喉に巻きついていた。
私は彼女のクローゼットの中に身を潜め、そのすべてを録画していた。
本来なら、ただの浮気現場を押さえるだけの、単純なミッションのはずだった。今日は寺紗の誕生日パーティー。私は予定より早く到着し、ベッドで絡み合う二人を発見する。証拠を押さえ、二人を問い詰め、六年越しの友情と四年越しの交際に終止符を打つ。自分の尊厳を守りながら、颯爽と立ち去るつもりだった。
だが、クローゼットの扉の隙間から覗き見た光景は、ただの情事ではなかった。
寺紗は目隠しをされていた。シルクのスカーフで、ベッドのヘッドボードに縛り付けられている。覚の手が彼女の首を絞め上げ、彼女が漏らす喘ぎ声――窒息プレイか何かだろうと、その時は思った。そういう嗜好を持つカップルがいるという話は聞いたことがあったから。
しかし、その喘ぎ声はすぐに、苦しげに喉を詰まらせる音へと変わった。
寺紗の体が痙攣する。縛られた手が空を掻き、足がマットレスを激しく蹴る。
叫び出したかった。飛び出して彼を止めたかった。けれど、私の体は凍り付いたように動かなかった。
痙攣が弱まっていく。
そして、止まった。
覚が喉から手を離す。寺紗の頭がガクンと横に倒れ、見開かれた瞳はガラス玉のように虚ろで、舌が唇から少しだけはみ出していた。
息をしていない。
私は悲鳴を噛み殺すために、自分の手の甲に強く歯を立てた。
嘘でしょう。こんなこと、あるわけがない。
覚は彼女の脈を確認した。眉をひそめる。そして、ため息をついた。
彼がスマートフォンに手を伸ばした時、一瞬だけ、必死の思いで「110番に通報するんだ」と期待した。
だが、彼は代わりにタバコに火をつけた。
彼はそこに座り込み、寺紗の遺体のすぐ横で、スマホをいじりながら紫煙をくゆらせていた。
パニックになる様子もない。心肺蘇生を試みるわけでもない。助けを呼ぶこともない。
まるで、人が死ぬのを見るのはこれが初めてではないかのように。
私の全身は激しく震え、周囲に吊るされた服まで揺れて音を立ててしまうのではないかと怖くなった。涙が頬を伝い、寺紗の冬用コートの袖に染み込んでいく。
一体何が起きたの? どうして彼女を殺したの?
私がここにいることを、知っているの?
覚はタバコを吸い終えると、それを寺紗のナイトスタンドに押し付けて消した。そして立ち上がり、部屋の中を物色し始めた。引き出しを開け、ベッドの下を覗き込む。
何を探しているの?
彼がクローゼットの方へ歩いてきた時、心臓が止まるかと思った。彼の影が扉に落ち、光を遮る。
私は背後の壁に体を押し付け、呼吸を殺した。ハンガーが肩に食い込む。
彼の手が、クローゼットの取っ手に伸びる。
その時、私のスマホが震えた。
私は慌ててそれを掴んだ。手汗で滑り落ちそうになる。画面が明るくなり、覚の名前が表示された。
『今夜は残業で遅くなる。先に寝ててくれ❤️』
クローゼットの外で、彼が動きを止める気配がした。
「ふむ……」
全身の血液が凍りついた。
私は震える手でマナーモードに切り替えようとしたが、指が思うように動かず、ボタンがなかなか見つからない。一秒が一時間のように長く感じられる。扉のすぐ向こう側で、彼の息遣いが聞こえる。
お願い。お願いだから開けないで。
彼のスマホが鳴った。
彼は電話に出るため、クローゼットから一歩離れた。「ああ、まだ会社だ。たぶんあと一、二時間はかかる」
通話を終えた彼がクローゼットから遠ざかると、私は安堵のあまり崩れ落ちそうになった。
扉の隙間から、彼がベッドの下から大きなダッフルバッグを引きずり出すのが見えた。彼はジッパーを開け、そして――寺紗の遺体を折り畳むという、おぞましい作業に取り掛かった。彼女の腕や脚を不自然な角度に曲げ、ぐったりとした体を無理やりバッグの中に押し込んでいく。
その音は耐え難いものだった。ぐしゃりという湿った音。肉塊がキャンバス地にぶつかる鈍い音。
彼女の下に血溜まりができ始めていた。関節が逆に曲がり、骨が折れた場所から皮膚が裂けているのだろう。黒ずんだ染みがフローリングの床をゆっくりと広がり、私の方へと這い寄ってくる。
私はきつく目を閉じたが、音までは遮断できなかった。
ここから出なきゃ。逃げなきゃ。早くしなきゃ――
冷たい何かが、私の素足に触れた。
カッと目を見開く。
血だ。どす黒く粘り気のある血が、クローゼットの扉の下から染み出し、私のつま先を濡らしていた。
いつの間にかヒールを脱いでしまっていたらしい。今、私は寺紗の血の中に、裸足で立っている。
私は後ずさりし、背中が壁にぶつかった。顔を上げると、覚が床を見つめていた。
私が潜んでいる場所へとまっすぐに伸びる、血の跡を。
彼は半分閉じたダッフルバッグを置いた。
クローゼットに向かって、一歩踏み出す。
もう終わりだ。見つかる。私も殺される。
息ができない。考えられない。近づいてくる彼の影が大きくなっていくのを、ただ見つめることしかできない。
彼の手が、クローゼットの取っ手を掴んだ。
その時、階下で玄関のドアが乱暴に開く音がした。
「寺紗? ベイビー、早く帰れたよ!」
剛志だ。寺紗の彼氏。
覚の手が止まる。
階段を駆け上がってくる足音。速い。弾むような足取り。
「シャンパン買ってきたんだ! ハッピー・バー――」
声が途切れた。
そして。
「なんだこれ……血か?」
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(この小説を軽い気持ちで開くなよ。三日三晩も読み続けちゃうから…)
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