手術中の私を置いて、夫は事故に遭った初恋のもとへ走った

手術中の私を置いて、夫は事故に遭った初恋のもとへ走った

渡り雨 · 完結 · 16.9k 文字

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紹介

松尾修の初恋の人が、事故に遭ったらしい。

その知らせを聞いた時、私は手術台の上にいた。

松尾オサムはメスを置き、村上誠にこう言った。
「妻の手術、頼んだ」

「今行かなければ、一生後悔する」

そう言い残し、彼は背を向けて去っていく。

その背中を見つめながら、私は涙を堪えきれなかった。

次の瞬間、冷たいメスが私の肌に触れる。

村上誠が、淡々とした声で言った。
「何を泣いている。俺がいる、死なせはしない」

チャプター 1

 手術準備室のベッドに横たわると、看護師たちが術前の準備を進めていく。

 執刀医であり、私の夫でもある松尾修は、最後の術前作業をチェックしている。

 麻酔科医が私に麻酔薬を注射しようとした、ちょうどその時、松尾修のスマートフォンが突然震えた。彼は眉をひそめて一瞥し、通話を切る。しかし十秒も経たないうちに、スマートフォンは再び震え始めた。今度は少し躊躇してから、彼は隅へ移動して電話に出た。

 彼の背中が徐々に強張っていき、指が強く電話を握りしめているのが見えた。

 振り返った彼の顔には、今まで見たこともないほど狼狽した表情が浮かんでいた。

「この手術はできなくなった。すぐに村上先生に連絡して、代わってもらってくれ」

 松尾修の声は震えていた。彼は私を一瞥すらせず、手袋と手術着を脱ぎ始めた。

「修、何があったの?」

 私は身を起こそうとしながら尋ねた。心臓が早鐘を打っている。

 彼はようやく私に視線を向けた。その目には一瞬罪悪感がよぎったが、すぐに不安に取って代わられた。

「緊急事態だ。今すぐ行かなきゃならない」

 私は一拍置いて、尋ねた。「私の手術はどうなるの?」

「村上がうまくやってくれる。彼は最高の外科医の一人だ」

 松尾修はそう早口に答えると、すでにドアのところまで歩いていた。

 すぐに村上誠先生が駆けつけ、慌ただしく立ち去る松尾修とすれ違った。

 二人は言葉を交わす。

「美緒の手術、頼んだ」

「お前、このタイミングで抜けるのか?」

「今行かなければ、一生後悔するかもしれない」

 私は目を閉じた。涙が音もなく頬を伝っていくのを感じた。

 村上誠は消毒された手術着を身にまとい、手術台の前に立った。

 彼は私の涙に気づき、低い声で言った。

「何を泣いている。俺がいるんだ、心配ない」

 手術は二時間続いた。病室で目を覚ました時、村上誠はまだ私のベッドのそばにいて、真剣な面持ちでモニターをチェックしていた。

 麻酔が切れ始めると、腹部の傷が激しく痛み出し、冷や汗が病衣をじっとりと濡らした。

 私のスマートフォンが鳴った。

 やっとの思いで手を伸ばして取ると、画面には松尾修の名前が表示されている。

「美緒? 私、椎名由衣」

 電話の向こうから女性の声が聞こえた。その声色には申し訳なさが滲んでいるようで、それでいてどこか微かな得意気な響きも隠されていた。

「修、今ここにいるの。本当にごめんなさいね、私がステージで転んじゃったせいで、彼、慌てちゃって」

 私ははっとした。松尾修が私の手術を放り出したのは、椎名由衣の元へ駆けつけるためだったのだ。

 彼が話していた大学時代の恋人で、最近名を馳せている舞台女優。

「もう三十過ぎてるのに、こんなに無鉄砲なんだから!」

 彼女は私の夫を叱り始めた。

「抹茶ラテが一杯残ってるから、美緒へのお詫びに持って行ってあげて」

 電話の向こうで松尾修が受話器を受け取る音が聞こえた。

「彼女は手術を終えたばかりだ。そんなものは飲めない。これは君のために買ったんだから、君が飲みなさい」

 その言葉が、とどめの一撃となった。

 それから、別の困惑した声が聞こえてくる。おそらく松尾修の友人だろう。

「俺はただ、公演中の事故を知らせただけで、手術を放り出して駆けつけろなんて言ってないぞ」

 私は電話を切った。傷の痛みが急に耐え難いものになり、胸に巨大な石を乗せられたかのように呼吸が苦しくなる。

 医者に痛み止めを頼もうかと思ったが、ふと、この痛みを覚えておくべきだと考え直した。

 痛みを覚えておけば、次はもう傷つけられることはないだろう。

 しばらくして、一人の看護師が薬と水を持って病室に入ってきた。

「村上先生からの痛み止めです。きっと必要になるだろうと」

 彼女は穏やかに言った。

「これを飲んで、早くお休みください」

 私は錠剤を受け取ると、そばに置いた。

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ああ、もういいや。
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