私が去った後、彼らは私を愛した

私が去った後、彼らは私を愛した

大宮西幸 · 完結 · 21.1k 文字

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紹介

水曜日の午後3時に電話が鳴った。ちょうどアパートの掃除をしている時だった。

「白川さんですか?私立清流学園の高木です。息子さんがフィールドホッケーの練習中に事故に遭われました」

私は雑巾を落とした。「何があったんですか?大丈夫なんですか?」

「腕を骨折されています。すぐに来ていただけますか」

私は車の鍵を掴んで飛び出した。手が震えていた。

8年経っても、息子が怪我をすると心臓が止まりそうになる。

車の中から夫の宏樹に電話をかけようとした。3回。応答なし。当然だ。彼は仕事中に電話に出たことがない。

私の指はハンドルを強く握りしめた。どうか無事でいて。

学校の廊下に着いた時、辺りは静かだった。

保健室の中から声が聞こえた。翔太の声、小さく苦しそうな声だ。私は手をドアノブに伸ばした。

その時、聞こえた。

「緊急連絡先を美咲さんに変えておいてよかった」

私の手が固まった。

チャプター 1

 水曜日の午後三時、電話が鳴ったのはちょうどアパートの掃除をしている最中だった。

「白川さんですか? 私立清流学園の高木です。実は息子さんが、フィールドホッケーの練習中に事故に遭われまして」

 私は持っていた雑巾を取り落とした。「何があったんですか? あの子は無事なの?」

「腕を骨折しています。すぐに来てください」

 私は車のキーを掴み、震える手でドアを開けて飛び出した。

 八年も経つのに、あの子が怪我をしたと聞くと、今でも心臓が止まるような思いがする。

 車の中から夫の宏樹に電話をかけた。三回。出ない。当然だ。彼は勤務時間中に電話に出ることなんて決してない。

 ハンドルを握る指に力がこもる。どうか無事でいて。

 到着した学校の廊下は静まり返っていた。

 保健室の中から話し声が聞こえる。翔太の声だ。小さく、苦痛に満ちた声。私はドアノブに手を伸ばした。

 その時、聞こえてしまった。

「緊急連絡先を美咲さんに変えておいてよかったよ」

 私の手が凍りついた。

「そうだな」宏樹の声だ。彼はもう来ていたのだ。

 ドアを開けるべきだった。だが、何かが私を押し留めた。

「お前の母親はこういう時、感情的になりすぎる」宏樹は言った。その口調は冷淡で、事務的だった。「あいつは不安定だ。まるで気が狂ったみたいになる。美咲のほうがこういう事態をうまく処理できる」

「どうせあの人はただの家政婦みたいなもんだろ」翔太が言った。「頭のおかしい家政婦が母親だなんて、僕はごめんだよ」

 美咲が笑った。宏樹も笑った。

 私はすぐ外に立っているのに、彼らは笑っている。

 胸が締めつけられるようだった。誰かに心臓を両手で鷲掴みにされているみたいに。

 私は狂った女。私は家政婦。私は、あの子の母親なんかじゃない。

 私は踵を返した。廊下を戻り、正面玄関を抜け、自分の車へと向かう。

 手の震えがひどく、エンジンをかけるのもやっとだった。

 息子は緊急連絡先を変更した。私を捨てて、あの女を選んだのだ。

 私は呆然としたまま車を走らせた。どうやって帰ったのかも覚えていない。家に着くと、私はソファに崩れ落ち、虚脱感に打ちのめされた。

 結婚式の日のことを思い出した。あんなに胸を躍らせていた私。いつか宏樹も私を愛してくれると信じていた私。

 父のため、コネのために彼が私と結婚したことは知っていた。それでも、しばらくすれば本当に愛してくれると思っていた。

 そして父が死んだ。結婚して二年目、心臓発作だった。あまりに突然の死。

 そして、宏樹は冷酷になった。

 父の株は持っていたが、私には地位も権力もなかった。宏樹が利用できるものは何も残っていなかった。

 一夜にして、私は彼にとって無用な存在となったのだ。

 部屋が次第に暗くなっていく。灯りをつけようとも思わなかった。

 記憶が溢れ出してくる。父の死後、義母は離婚を迫った。だが私が妊娠していたため、宏樹は婚姻関係を続けることを選んだ。私は感謝し、彼が気にかけてくれているのだと勘違いしていた。

 難産だった。三十六時間にも及ぶ苦痛。そして産まれた翔太はすぐに取り上げられた。

「経過観察のため」と彼らは言った。

 だが、あの子が私の元に戻ってくることはなかった。

 難産のトラウマと義実家の冷遇が重なり、私は産後うつを発症した。義母はそれを逆手に取った。「精神的に不安定すぎる。子供には近づけさせられない」

 再び息子に会えるまで、四年もの歳月がかかった。

 そしてようやく会えた時、ようやく四歳になった息子を抱きしめた時、あの子は私を突き飛ばしたのだ。

「お前なんかママじゃない!」

 彼は甘やかされ、私を軽蔑するように教え込まれていた。

「ママになる資格なんてないくせに!」あの子は私に向かって叫んだ。

 彼が私を受け入れ始めるまでに、さらに二年かかった。あの子と繋がるためだけに、彼の好きなものをすべて必死で学んだ二年だった。

 そして藤本美咲が現れた。翔太が六歳の時だ。彼女が宏樹の秘書になったのはその頃だった。

 彼女はすぐに私の立場を脅かし始めた。私の見ていないところでチョコレートやオモチャを買い与え、私の描いた絵を「ゴミだ」と息子に吹き込んだ。

 私が抗議すると、家族全員が私を責めた。「大げさな」「トラブルメーカーだ」「本当にどうしようもない」と。

 もしかしたら、本当に私は狂っているのかもしれない。彼らの言うことが正しいのかもしれない。

 私は何時間も暗闇の中に座り続け、あの言葉を何度も何度も頭の中で繰り返していた。

「緊急連絡先を美咲さんに変えておいてよかったよ」

 言葉そのものではない。その意味こそが問題だった。

 あの子は、私を別の誰かと取り替えることを選んだのだ。

 それが痛い。その「選択」が痛い。

 胸が痛む。何かが引き千切られるようだ。心が真っ二つに裂けるかのように。

 彼は私を求めていない。一度だって求めたことなんてなかった。私はただ彼を産んだだけの、頭のおかしい女なのだ。

 テーブルの上で、翔太のiPadが光った。今朝、あの子が忘れていったものだ。画面に通知が点滅している。

 私はしばらくそれを見つめていた。そして、何も考えずに手を伸ばし、取り上げた。

 グループチャットの通知。見たことのないグループ名だった。

「魔女のいない楽園」

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