紹介
母としても、まるで使い捨ての道具のように扱われてきました。
夫の国見は、私よりも親友の早恵美を好み、
息子の拓雄も、孫の亮介も、私のことを家政婦のようにしか見ていません。
こんな生活にも、私はずっと耐えられると思っていました。
けれど、国見が、私が長年夢見てきた旅行を早恵美に贈ったとき、
私はもう限界だと悟りました。
私は家を出ることを決め、
彼らの愛情を求めるのはやめることにしました。
チャプター 1
今日は九月十五日。私の、結婚二十五周年の記念日だ。
いつも通り六時に目を覚ました私は、国見を起こさないようそっとベッドを抜け出し、一階へ降りてコーヒーを淹れる。コーヒーメーカーが稼働している間に、キッチンカウンターを拭き、床の掃き掃除をして、洗濯機も一回分回した。
これまでの毎朝と何一つ変わらない風景だ。国見は昨夜も何も言わなかったし、今朝、早朝会議へと出かけていく前も、結局そのことには触れなかった。でも、気にすることはない。私たちももう四十代だ。記念日を祝うなんてこと、大人になればしなくなるものなのかもしれない。
リビングの床に転がっていた亮介のおもちゃを拾い上げた、その時だった。
ふと、視界にそれが入った。
ローテーブルの真ん中に、綺麗な包装紙で包まれ、リボンが掛けられたギフトボックスがぽつんと置かれている。心臓がトクンと大きく跳ねた。おもちゃを置き、触れるのさえためらわれるように、一瞬だけそれをじっと見つめる。
(国見は、覚えていてくれたんだ)
震える手で慎重にリボンを解き、包装紙を開いていく。中に入っていたのは、深いネイビーのキャミソールワンピースだった。指先から水のように滑り落ちる、なめらかな生地。
(本当に、覚えていてくれたなんて)
これほどの年月が経ち、いくつもの記念日が忘れ去られ、いくつもの約束が破られてきたというのに。国見は私にプレゼントを買ってくれたのだ。
ワンピースを胸に抱きしめ、私はほとんど駆け足で寝室へと戻った。触り心地からして、とても上質で高価なものだとわかる。袖を通してみると、まるで私のために仕立てられたかのようにサイズがぴったりだった。鏡の前でくるりと回って、ふわりと揺れる裾を見つめる。ほんの一瞬だけ、かつての自分の姿が重なって見えた。二十五年前の、あの頃の私が。
「二十五年……」
鏡の中の自分に向かって、そっと呟く。
「最初の年を最後に、記念日なんて一度も祝ってこなかったのに。でも、今年は思い出してくれたんだわ!」
階下で、玄関のドアが開く音がした。
「国見!」
心臓を早鐘のように打たせながら、私は寝室を飛び出した。
「ありがとう――」
玄関に立っていた彼の顔から、スッと血の気が引いたかと思うと、次の瞬間には激しい怒りで真っ赤に染まった。
「お前、何やってんだ! なんでその服を着てる!」
私はその場に凍りついた。
「テーブルに置いてあったから。てっきり――」
「それは早恵美へのプレゼントだ!」
彼は激昂のあまり全身を強張らせながら、こちらへズカズカと歩み寄ってきた。
「今日はあいつの誕生日なんだよ! 他人のプレゼントを勝手に着る馬鹿がいるか!」
目の前がぐらぐらと揺れた。
「でも、今日は私たちの結婚二十五周年の記念日で……」
国見は笑い声を上げた。それは恐ろしくて、どこか苦々しい響きを帯びていた。
「記念日? 柚子、俺たちはもう四十代だぞ。いい歳して、まだガキみたいにそんなこと気にしてるのか?」
腹を思い切り殴られたような衝撃だった。私は両腕で自分自身を抱きしめた。このワンピースを着ている自分が、どれほど滑稽で惨めな姿かという事実に、突然気づかされたのだ。これは、最初から私のものなんかじゃなかった。
「今すぐそれを脱げ」
彼の抑揚のない、氷のように冷たい声が響く。
「そして、まったく同じものを買ってきて弁償しろ。早恵美は潔癖症なんだ、お前が一度着たものなんて着るわけないだろう。もし見つけられなかったら、この家から出て行け」
喉がぎゅっと締め付けられ、息をすることすら苦しかった。
「二十五年前、私と約束してくれたの。新婚旅行はアイスランドに行こうって。ちゃんとしたウェディングドレスの写真を撮りに連れて行くって。でも、私が妊娠したから、子供がもう少し大きくなったら行こうって言ったわよね。あれから毎年、あなたは『また来年』って言い続けて……」
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