私の彼氏は人ではない

私の彼氏は人ではない

渡り雨 · 完結 · 27.6k 文字

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紹介

彼氏の哲司と付き合って三年目、彼に浮気された。

真夜中、こっそりと学校の旧校舎へ向かう彼。

浮気の現場を押さえようと後をつけた私が見たのは……

地下室に転がる、十九人もの女性の死体だった。

そして、彼の本当の正体は……

チャプター 1

 深夜の桜ヶ丘学園は、不気味な静寂に包まれていた。

 私は旧校舎の壁に身をぴったりと寄せ、心臓が雷のように鳴り響くのを感じていた。

 つい先ほど、恋人がこそこそとこの廃墟同然の建物に入っていくのを、私はこの目で見てしまったのだ。

「どうしてこんな場所で逢い引きなんて……」

 そう、三年間付き合ってきた彼氏は浮気をしている。

 深夜に寮を抜け出し、怪しげな電話に出る時はいつも私を避け、普段はあれほど好きだった苺のショートケーキにさえ手をつけなくなった。それにLINEには、私には全く見覚えのない女の子の連絡先まであった。

 私は用心深く、軋む音を立てる木製の扉を押し開けた。古びた匂いが鼻をつく。

 スマートフォンの微かな光を頼りに、私は階段を一段一段下りていく。踏みしめるたびに、足元で不安を煽るような軋み音がした。

 地下室の扉は半開きになっており、中から微かな蝋燭の光が漏れていた。

 息を殺し、扉の隙間から中を覗き込む。

 次の瞬間、私は危うく悲鳴を上げそうになった。

 地下室の中央には、十九体もの女性の遺体が整然と並べられていた。

 薄暗くてはっきりとした輪郭しか見えないが、腐敗した死臭が私の全身を震わせる。

 床には血の付いた制服の切れ端が散らばり、他にも奇妙な形の儀式道具が転がっていた。古めかしい燭台、謎のルーン文字が刻まれた石板、そして明治時代に作られたかのような奇妙な機械装置。

 その時、地下室の奥に哲司の姿が現れた。

 彼はその奇妙な機械の前に立ち、手には分厚い古書を抱え、口の中で呪文のような言葉をぶつぶつと呟いている。

 蝋燭の光が彼の顔に不気味な影を落とし、普段は温和なその面立ちは、今や異常なほどに獰猛に見えた。

「夏花……ようやく……戻ってこれる……」

 哲司の声は低く、不気味で、いつもの優しい彼とはまるで別人だった。

 私は恐怖で魂が抜けそうになり、振り返って逃げ出そうとした。しかし、不意に足を滑らせ、壁に全身を強く打ちつけてしまった。

「そこに誰だ!」

 哲司が勢いよく振り返る。

 私は痛みも構わず、夢中で地下室から飛び出し、旧校舎の外まで一目散に駆けた。

 頭の中では先ほど見た光景が何度も繰り返され、両手の震えが止まらない。

「落ち着いて! 落ち着くのよ!」

 何度か深呼吸をし、スマートフォンを取り出して警察に通報しようとしたが、学校の奥まった場所では電波が届かなかった。

 私は必死に校門へと走り、時折振り返っては哲司が追いかけてこないかと怯えた。

 ようやく学校の正門近くまでたどり着くと、スマートフォンの電波がやっと回復した。

 警察に電話をかけようとしたその時、体育館の方からジャージ姿の若い男性が歩いてくるのが見えた。

 田中正義先生。学校に新しく赴任してきた体育教師だ。

「田中先生! 田中先生!」

 私はまるで救いの藁にでもすがるように、彼の方へ駆け寄った。

 田中正義は、深夜に校内をうろついている生徒を見て、本能的に眉をひそめた。

「橘さんか? こんな遅くにまだ学校にいたのか?」

「先生、私……私、すごく恐ろしいものを見てしまったんです!」

 私は田中の腕を掴み、切羽詰まった声で言った。

「旧校舎の地下室です! そこに死体が! たくさんの死体があったんです!」

 田中正義は一瞬呆気にとられたが、私の恐怖に引きつった表情をじっと見つめた。

「なんだって? 死体だと?」

「本当です! この目で見ました! 十九体も! それに血痕も! 床には血の付いた制服の切れ端が!」

 私は支離滅裂に説明した。

「哲司がそこで、何か変な儀式をしていたんです!」

 田中正義は私の真っ青な顔と震える両手を見て、ただの戯言ではないと悟った。

「本当に死体だと確信しているのか?」

「はい! 光が暗くて顔はよく見えませんでしたが、間違いなく死体です!」

 私は田中の腕を強く握りしめた。

「先生、どうすれば!」

 田中正義は一瞬ためらったが、生徒のあまりの怯えように言った。

「見間違いじゃないと断言できるんだな。まず私をそこに連れて行ってくれ。そもそも、うちの学校に地下室なんてあったか?」

 私は田中を連れて、足早に旧校舎へと引き返した。田中先生が懐中電灯で足元を照らしてくれる。

 地下室の入り口の扉は開け放たれたままで、哲司の姿はもうなかった。

 私は田中先生の後について中に入り、懐中電灯の光が地下室全体を掃いた。

 十九体の遺体は、依然としてそこに整然と並べられていた。だが今度は、懐中電灯の明るい光の下で、彼女たちの顔がはっきりと見えた。

 私の血液は、一瞬で凍りついた。

 一体一体の遺体の顔が……。

 全て、私と瓜二つだったのだ!

「なっ……」

 田中先生は息を呑み、危うく懐中電灯を落としそうになった。

「橘さん、この死体……彼女たちの顔は……」

 私の声は震え、ほとんど言葉にならなかった。

「どうして……どうして、みんな私と同じ顔をしてるの……?」

 遺体たちの顔は、まるで同じ型から抜き取ったかのように私とそっくりだった。ただ、あるものは肌が干からび、またあるものはつい最近死んだばかりのように見える。

 しかし、例外なくすべてが私だった。

 彼女たちの目は全て見開かれており、まるで声なく何かを見つめているかのようだった。

 最も恐ろしかったのは、彼女たちの表情から恐怖、絶望、そして言葉にできない哀しみが読み取れたことだ。

「こ……こんなことってあるのか?」

 田中先生は遺体たちと私を衝撃的な面持ちで見比べた。

「世界にこんなにも同じ顔の人間がいるなんて……」

 私は足の力が抜け、ほとんど立っていられなかった。

「わからない……何もわからない……どうしてこんなことに……」

「警察に通報しましょう!」

 私は震えながら言った。

 しかし、電話が繋がり、事情を話すと、電話口の受付担当者はこう言った。

「神代哲司さんが殺人を? 彼は先ほどまで、こちらで失踪事件の捜査協力をしていましたよ。三十分ほど前に帰られたばかりです。何か勘違いされているのでは?」

 私は目を見開いた。

「ありえません! さっき、地下室で彼を見たんです!」

「お嬢さん、失礼ですが最近、ストレスで幻覚でも見ていませんか?」

 受付担当者の口調には疑いの色が混じっていた。

 田中正義が電話を代わった。

「私は桜ヶ丘学園の教師、田中正義です。この生徒の様子が確かにおかしいのは事実です。今からそちらへ向かいます」

「そうですか。ですが、神代のご子息が先ほどまでいらっしゃったのは確かです。ご心配でしたら、確認に来ていただいても結構ですよ」

 二十分後、私たちが交番に駆けつけると。

 哲司が警察署の応接室に座っているのが見えた。スーツを身にまとい、見たところ全く普通で、警察官と談笑さえしている。

「夜華?」

 哲司は私に気づくと心配そうな表情を浮かべた。

「こんな夜更けにどうしたんだ? さっきまで君のことを心配していたんだぞ」

 私は哲司の両手を、食い入るように見つめた。

 指の間には、確かに微かな蝋燭の油の跡がある。彼は絶対に地下室にいた!

「さっき、どこにいたの?」

 私は恐怖を必死にこらえて尋ねた。

「図書館で資料を調べていたんだよ。明日の生徒会会議のためにね。そしたら警察から電話があって、こっちに来たんだ」

 哲司は瞬きをした。

「顔色が悪いぞ。具合でも悪いのか?」

 私は眩暈を覚えた。

 もし哲司が本当に図書館にいたのなら、私がさっき見たのは何だったのだろう?

 幻覚? でも、あの模型、写真、血痕……全てがあまりにもリアルだった!

「私……家に帰りたい。田中先生、送ってもらえませんか? 彼とは一緒に帰りたくない」

 哲司の顔に、見逃してしまいそうなほど微かな翳りがよぎったが、すぐにまた温和な笑みに戻った。

「具合が悪いなら、田中先生に送ってもらう方がいいだろう。僕はまだここで少しやることがあるから」

 田中正義は私と哲司を交互に見て、最終的に頷いた。

「では、私が橘さんを寮まで送ります」

 警察署を出る道すがら、私のスマートフォンが鳴った。見知らぬ番号からの着信だった。

「はい?」

 私は震える手で電話に出た。

「橘夜華さん?」

 電話の向こうから、若い女性の声が聞こえた。

「どうやら、神代家の秘密に気づいてしまったようね」

 私の心臓が速鐘を打つ。

「あなたは誰? どうして私の番号を?」

「そんなことは重要じゃない。重要なのは、失踪した女子生徒たちの真相を知りたいかどうかよ。なぜ彼女たちがみんな、あなたと同じ顔をしているのか知りたくない?」

 私はスマートフォンを強く握りしめた。

「何を知ってるの?」

「たくさん。例えば、神代家が長年隠してきた秘密。あなたの本当の正体。そして、あなたがどうしてこの学校に現れたのか」

 その声はどこか神秘的だった。

「もし答えが知りたいなら、明日の午後五時半に裏山で会いましょう」

 電話は突然切れた。

 田中先生が私の表情を見て尋ねた。

「どうした? 誰からだ?」

 私は通話の内容を田中先生に伝えた。彼の顔はさらに険しくなる。

「その秘密を知っている者がいるんだな。だが、危険なのは間違いない。橘さん、行くつもりか?」

 私は唇を噛みしめた。

「どうであれ、少なくとも何が起きているのかは知らなくちゃ」

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