サキュバスさんの犬系彼氏

サキュバスさんの犬系彼氏

渡り雨 · 完結 · 12.0k 文字

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紹介

私は純血じゃないサキュバス。

仕事に打ち込むことで、本能の欲望を抑えてきた。

そんなある日、姉が一人の家政夫を紹介してきた。

彼は自分で首輪をつけると、リードを私の手に渡し、こう言った。

「ご主人様」
「僕はあなたのものです」

今回は、もう欲望を抑えられそうにない。

チャプター 1

 私の名は浦山市子。ハーフサキュバスだ。

 父は人間、母は純血のサキュバス。

 その血筋のせいで、私は幼い頃から二つの世界の狭間で生きてきた。

 一族からは欲望に溺れる快楽を知らない半端者と疎まれ、人間社会からは異類として警戒される日々。

 欲望に支配されたくない私は、父の言葉に従うことにした。

「仕事こそが最も精力を消耗する営みだ。たとえサキュバスであってもな」

 働き続けてさえいれば、本能的な欲望に振り回される時間も気力もなくなる。

 だから、他の兄弟姉妹たちが夜の街やバーで欲望に耽溺している間、私は広告代理店のデザイナーという道を選んだ。

 ネットにはこう書いてあった。

『下請け企業のデザイナーに必要な体力と精神力は、爆発寸前!』

 サキュバスの精力は人間より遥かに強い。だからこそ、この仕事は私にとって天職だと思えたのだ!

 平日は明け方まで残業、週末はプロジェクトに追われ、食事さえデリバリーで済ませる毎日。

 その効果は覿面だった。

 サキュバスとしての本能は完全に抑え込まれ、トレードマークである魅了のフェロモンさえ、哀れなほど薄くなっている。

 唯一の副作用といえば、自宅が惨状と化したことか。

 積み上げられたデリバリーの空き容器、ソファに散乱した衣服、床に積もる埃。

 潔癖なサキュバス族にとって、これは恥辱以外の何物でもない。

 私は一族の中で最も可愛がってくれる姉に連絡を取った。

 姉は私が人生を謳歌していないと嘆きつつも、有能な家政夫を紹介してくれた。

「妹よ、すごくいい家政夫だからね。無駄にしちゃダメよ?」

 その日の午後、チャイムが鳴った。

 疲労困憊の体を引きずってドアを開けると、そこには長身の美青年が立っていた。

 形の良い桃花眼に、思わず目が眩む。

 その瞳は少し充血していて、まるで徹夜明けのようだが、どこか抑圧された渇望が滲み出ていた。

「浦山さん、古崎俊です」

 低く、抑制の効いた声だ。

 私は呆気にとられた。

 この容姿で家政夫? 芸能界に行ったほうが稼げるんじゃないの?

 呆けていると、彼が突然顔を寄せてきた。首筋にかかる灼熱の吐息に、心臓が早鐘を打つ。

 しまった。

 これは姉さんが私を誘惑するために送り込んだ刺客か!

 どうりで、こんなイケメンがただの掃除夫なわけがない。

 思わず半歩下がったが、背中がドアにぶつかり逃げ場を失う。

 彼の長身がさらに迫ってくる。

 ふわりと、雄の匂いが押し寄せてきた。

 それは街中ですれ違う男や、姉に騙されて一度だけ連れて行かれたホストクラブの男たちとは違う香り。

 シダーウッドのような清涼感の中に、どこか心を掻きむしるような甘さが混じっている。

 抑え込んでいた本能が、ふと鎌首をもたげる。

 伸び始めた小さな牙を舌先で確認しながら、私は古崎の唇を見つめた。

 キスしやすそうだな、と。

 彼、さっき入ってくる時に笑った気がする。

 だとしたら、間違いなく私を誘惑している!

 私は意を決し、自分から顔を寄せた。

 だが相手は瞬時に顔を背け、室内へと視線を移した。喉仏を動かしながら問う。

「どうして顔が赤いんです? 家政夫を頼んだんですよね。どこから片付けましょうか」

 本当にただの家政夫?

 姉さんが手配した誘惑用の男じゃないの!?

 頭の中がピンク色の邪念で埋め尽くされていた私は、恥ずかしさのあまり自室へと逃げ帰った。

 なんてことだ。

 他人を勝手に男娼扱いするなんて!

 呼吸を整えるが、尾てい骨の違和感が頭を悩ませる。

 尻尾が飛び出しそうだ!

 部屋に籠もり、怒涛の勢いで広告案を二つ仕上げてから、ようやくリビングへ出た。

 リビングは半分ほど片付いている。

 だが、古崎の姿がない。

 帰ったのか?

 電話をしようとした矢先、浴室から古崎の声がした。

「浦山さん、すみません。ちょっとズボンを汚してしまって、シャワーをお借りしています」

「安心してください、後で綺麗にしますから」

 シャワーだと?

 腐っても私はサキュバスだぞ、そんなあからさまな誘導に引っかかるか!

 思考を遮るように、彼は使い捨てのバスタオルがあるかと尋ねてきた。

 私は慌ててタオルを取りに行く。

 浴室のドアがわずかに開き、骨張った長い指が伸びてきた。腕には水滴が光っている。

 中からは、微かな荒い息遣いが漏れていた。

 どうやら先ほどの掃除は相当な重労働だったらしい。でなければ、シャワーを浴びるだけであんなに疲れるはずがない。

 私の脳内の不純な妄想は、瞬時に罪悪感へと塗り替えられた。

「安心して、追加料金を払うから」

 タオルを受け取る際、彼の手が私の掌をそっと撫でた。

「追加料金ということは、追加のサービスが必要ですか?」

「ああっ!」

 私は叫んだ。まだ終わっていない仕事を思い出したのだ!

 雑念を振り払うために急ぎの案件を片付けた後、来週分の準備に取り掛かっていたのだった!

「先に仕事に戻るから、掃除は適当に進めておいて!」

 浴室の向こうで、長い沈黙が流れた気がした。

 私は寝室へ戻る。

 残業だ! 仕事だ!

 新しい案件は一筋縄ではいかない。

 大手アダルトグッズメーカーのクリエイティブだ。

 サキュバスの私ならお手の物のはずだが、残念ながらそうはいかない。

 すぐに思考が煮詰まってしまった。

 私はサキュバスの名折れだ。

 ソファに凭れて小休止していると、不意にドアが開いた。

 古崎がエプロンとズボンだけの姿で入ってくる。

 露わになった鎖骨と筋肉が、エプロンの布地から溢れ出しそうだ。

「浦山さん、寝室の掃除を始めます」

 彼は雑巾を手にクローゼットを拭き、私のそばへ歩み寄ると、デスクの裏側を拭くためにしゃがみ込んだ。

「浦山さん、少し退いて」

 半身を傾けた彼の胸板が、私の体に触れんばかりに迫る。

 その筋肉を見た瞬間、私は歓喜の声を上げた。

「古崎さん、それ最高じゃない!」

 古崎の眼差しが熱を帯び、なぜかエプロンの紐がひとりでに解ける。

 私はすぐさま古崎を立たせ、カーテンと窓を全開にした。太陽の光が彼の肉体に降り注ぐ。

 彼は顔色を変え、自分に言い聞かせるように呟く。

「浦山さん、窓を開けるのが趣味で?」

 私は元気よく答えた。

「そのほうがよく見えるから!」

「……」

 古崎は何かを悟ったような、諦めたような顔をした。

 私は彼に直立不動で肉体を晒すよう命じ、再びPCに向かって猛然とキーボードを叩き始めた。

 二十分後。

 古崎は不審そうに尋ねた。

「浦山さん、まだ始めないんですか?」

 私は不思議そうに答える。

「もう始まってるけど?」

「……始まってる?」

 彼は疑念に満ちた顔だ。

「ええ。アダルトグッズの広告デザインで行き詰まってたんだけど、あなたが素晴らしいモデルになってくれたおかげで助かったわ。本当に来てくれてよかった!」

 古崎のおかげだ。

「……僕に、ただモデルをしてほしかっただけ?」

「そうよ。すごくいい仕事をしてくれたから、さらに特別手当を出すわ!」

 私は真剣な眼差しでそう告げた。

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