紹介
しかし、運命は残酷だ。
病院で「白血病」という絶望的な診断を受けたその日。
震える足で帰宅した私の目に飛び込んできたのは、夫の裏切りの証拠だった。
私たちの神聖な寝室。
そのベッドの上には、無惨に引き裂かれたレースの下着がわざとらしく残されていたのだ。
それは明らかに、夫の愛人からの宣戦布告。
「あなたはもういらない」と嘲笑うかのような、残酷なマウントだった。
命の期限を突きつけられた日に、愛まで失った私。
絶望の淵で、私はある決断を下す。
チャプター 1
第1章
「清風邸」は、この街で最も地価が高い山の手の高級住宅街に佇んでいる。
葉山立夏は病院から一人、西園寺京夜との新居であるこの邸宅に戻ってきた。
顔色は蒼白で、虚ろな手つきで重い扉を押し開ける。
玄関ホールの絨毯には、目障りな赤いハイヒールがだらしなく脱ぎ捨てられており、その横には西園寺京夜の、いつものように塵一つないオーダーメイドの革靴が並んでいた。
執事の西光は二人のメイドに命じて茶卓を片付けさせていたが、彼女の姿を認めても瞼一つ上げず、抑揚のない声で言った。
「奥様、お戻りですか」
葉山立夏は答えず、視線をリビングへと走らせた。
一見すると、彼女が出て行った時と変わらないように見える。だが、彼女の痕跡だけが、徹底的に侵されていた。
彼女が愛用していたボーンチャイナのカップは、飲み口に毒々しい口紅の跡をつけられ、茶卓の隅に無造作に放り出されている。
ソファにかけておいたカシミヤのショールは、丸められて隙間に押し込まれていた。
極めつけは、彼女が自ら花瓶に生けた白薔薇が、俗っぽい赤薔薇に挿し替えられていることだ。
空間のすべてが、別の女主人の存在を主張していた。
「西光さん、私がいない間、来客があったの?」
葉山立夏の声は消え入りそうなほど軽かったが、そこには確かな冷気が混じっていた。
西光は腰を伸ばし、隠しきれない軽蔑を滲ませた口調で答える。
「九条お嬢様です。旦那様が書類を取りに戻られた際、ご一緒に休憩されたのです」
ただの休憩、だろうか。
葉山立夏は階段を上がり、主寝室のドアを開けた。
化粧台は荒らされ、口紅のキャップは開けっ放し。ウォークインクローゼットの扉は半開きで、彼女がよく着ていた月白のシルクのナイトガウンが消えていた。
ふと見ると、掃き出し窓の前に、ワインレッドのナイトガウンが皺くちゃになって落ちている。
葉山立夏は歩み寄り、腰をかがめてそれを拾い上げた。
これは結婚一周年の時、西園寺京夜がブランドに特注したもので、色違いの二着セットだった。一着は彼女が着ている月白、もう一着がこのワインレッドだ。
彼女は一度も袖を通したことがない。
西園寺京夜が、君のような地味な人間にこの色は似合わないと言ったからだ。
今、そのガウンからは九条玲奈の甘ったるい香水の匂いと、男のものと思われる短く硬い黒髪が数本、こびりついていた。
本棚の最上段、彼女が大切にしていた絶版の画集も床に落ち、ページが無残に折れ曲がっている。
掃除をしていたメイドたちが声を潜めて噂話をしているのが、断片的に聞こえてきた。
「旦那様、本当に九条様を溺愛されてますね。彼女が背伸びして本を取ろうとしたら、片手で腰を支えて……」
「そうそう、九条様が犬の散歩に行きたいって言ったら、あんなに潔癖な旦那様が、靴も履き替えずに付き添って庭へ降りて行かれたわ!」
葉山立夏の脳裏に、その光景が鮮明に浮かび上がった。西園寺京夜が九条玲奈の腰を抱き、自分には一度も見せたことのない甘い眼差しを向けている姿が。
ナイトテーブルの上には精巧なギフトボックスが置かれ、そこには媚びるような筆跡のカードが添えられていた。
【立夏お姉様、京夜お兄様から、お姉様はこのガウンがお気に召さないと伺いました。勝手ながら試着させていただきましたが、本当に素敵でしたわ。この口紅の色もお姉様にとてもお似合いです。気に入っていただけると嬉しいです。――レイナ】
極限の屈辱感が、瞬く間に葉山立夏の全身を駆け巡った。
堂々と入り込み、彼女の服を着て、彼女の物を使い、彼女の夫と寝る。その上で、施しを与えるような態度で自らの勝利とこちらの惨めさを誇示してくるなんて。
「奥様、九条様も悪気があってのことではありません。奥様は普段あまりに地味ですから、若い女性ならもう少し華やかであるべきだと」
いつの間にか西光が入り口に立っており、相変わらず平坦な口調で言った。
別のメイドも追従する。
「そうですよ奥様、九条様はとても良い方で、私たちにもプレゼントをくださいました。ご夫婦の仲で一番大切なのは、相互理解だとおっしゃっていましたわ」
葉山立夏はうつむき、喉の奥から壊れたような笑い声を漏らした。
「理解? 私の夫が愛人を新居に連れ込んでセックスしたことを理解しろと?」
西光の顔色が変わり、偽りの丁寧さが剥がれ落ちて露骨な侮蔑が浮かび上がった。
「奥様、言葉が過ぎますよ。旦那様がどのようなお方か、そしてご自身がどのような立場かお分かりですか? あの時、葉山家が……」
「私の立場を評価するのは、あなたたち使用人の仕事じゃないわ」
葉山立夏が遮ると、その眼差しの冷たさに西光は本能的に口を閉ざした。
だがすぐに、背後に誰かがいるかのように胸を張る。
「私に当たって何になりますか? 文句があるなら旦那様に直接仰ればいい。この清風邸で、旦那様の心にあるのが九条様だということは周知の事実です。西園寺夫人の座に居座っている以上、身の程をわきまえるべきでしょう」
そう、彼女はずっと前から身の程を知るべきだったのだ。
あの身売りのような婚約契約書にサインした時から、葉山立夏はただの清風邸に住む高級家政婦、名ばかりの西園寺夫人に過ぎなかったのだから。
彼女は深く息を吸い込み、再び口を開いた時、その声は恐ろしいほど静かだった。
「ゴミ袋を持ってきて」
西光は呆気にとられた。
「奥様、何をなさるおつもりで?」
葉山立夏は無駄口を叩かず、メイドの手から黒い大きなゴミ袋を奪い取ると、きびすを返して階下へ降りた。リビングのテーブルへ歩み寄り、西園寺京夜とお揃いのボーンチャイナのカップを手に取ると、ゴミ箱の前で手を離した。
ガシャン――
カップは粉々に砕け散った。
彼女はゴミ袋を提げて二階へ戻り、あのワインレッドのナイトガウンをギフトボックスごと、付属品もろとも袋に放り込んだ。
続いて、化粧台の上の触れられた化粧品、ナイトテーブルに残された九条玲奈からの「プレゼント」、ソファのクッション、茶卓の上の口紅がついたカップ……。
彼女は無言で、頑なに、この家の中で九条玲奈の気配がするものを一つ一つ探し出し、黒いゴミ袋へと投げ捨てていった。
メイドたちは呆然と立ち尽くし、止めようとしたが、彼女の全身から発せられる決絶した気迫に圧倒され、近づくことさえできなかった。
最後に、葉山立夏はゆっくりと玄関へ歩み寄り、腰をかがめ、あの赤いハイヒールを指先だけで汚らわしそうにつまみ上げると、パンパンになったゴミ袋と共に大門の外へと放り投げた。
すべてを終えると、彼女は主寝室の洗面所に駆け込み、手を洗い、シンクにしがみついてえずいた。だが何も吐き出せず、酸っぱく苦い胆汁だけがこみ上げてくる。
鏡の中の自分を見つめると、ひどく見知らぬ他人のように思えた。
この五年間、私は一体何を求めていたのだろう。
その時、男の力強い腕が彼女の腰を背後から抱きしめ、懐へと引き寄せた。
馴染みのある冷ややかな気配が彼女を包み込む。
男は広い背中で洗面所のドアを押し閉め、彼女を抱き上げたままバスタブへと下ろした。
葉山立夏が振り返ると、夫である西園寺京夜がいた。
彼は黒いシルクのナイトガウンを纏い、襟元からは形の良い鎖骨が覗いている。
体からは微かな酒の匂いと深夜の冷気、そしてあの甘ったるい香水の匂いと、九条玲奈が飼っているゴールデンレトリバーの獣臭が混じり合っていた。
彼には重度の潔癖症があり、毎日帰宅すると必ず彼女を連れて入浴する。
今日も同じだった。
葉山立夏は、彼が九条玲奈ともここで体を洗ったかもしれないと想像し、胃の奥から再び吐き気がこみ上げた。彼女は激しく西園寺京夜を突き飛ばし、その腕から逃れた。
「何のつもりだ」
彼は一歩後退り、あまりに殺風景になった洗面所を見回して眉をひそめ、最後に葉山立夏の静まり返った顔に視線を固定した。
西光がすでに告げ口をしたのだろう。
葉山立夏は何も言わず、ただ静かに彼を見つめ返した。
西園寺京夜はその視線に苛立ちを覚えた。
「九条玲奈が来た件は、俺が処理する」
彼は怒りを抑え込み、硬い声で釈明した。
「どう処理するの? 次はもっとうまくやれ、証拠を残すなと警告するの? それとも外でもっと隠れて情事を楽しめと言うつもり?」
西園寺京夜の顔色が完全に沈んだ。
「葉山立夏、言葉を慎め」
葉山立夏は立ち上がり、彼を直視した。いつもは慕情を湛えていた杏のような瞳には、今や死のような静寂しか残っていない。
「私たちの契約書には、あなたの愛人が私のベッドで寝て、私の服を着て、私の物を使うのを容認しなければならないなんて書いてなかったはずよ」
「彼女は君のベッドでは寝ていない」
口に出した瞬間、西園寺京夜自身が呆気にとられた。なぜこんな言い訳をしているのか。
葉山立夏は笑った。その笑顔は泣き顔よりも痛々しかった。
「そう。じゃあ、手加減してくれたことに感謝しなきゃいけないのかしら?」
西園寺京夜は彼女の手首を掴み、自分の体へと引き寄せた。
彼は身を屈め、整った顔を近づける。熱い吐息が彼女の肌にかかり、威圧感がのしかかる。
「忘れるな、今日は何日だ」
またこの言葉だ。彼が抱きたい時、あるいは前戯の手間を惜しむ時、いつもこの言葉で彼女に排卵日を思い出させる。
彼女の最大の価値は子宮であり、妊娠するために存在する道具なのだと突きつけるのだ。
葉山立夏の心は完全に冷え切った。
彼女は目を閉じ、すべての抵抗を放棄し、魂のない人形のようになった。
「分かってるわ」彼女は言った。「始めて」
その従順でありながら無言の抵抗を示す態度は、どんな激しい口論よりも西園寺京夜を苛立たせた。
怒りと、言葉にできない感情が入り混じり、彼の動作は粗暴で制御を失っていた。
キスも、愛撫もない。
彼は最も原始的なセックスで、怒りと独占欲をぶつけた。
葉山立夏は唇をきつく噛み締め、冷たいバスタブの縁を両手で掴み、すべての痛みと屈辱を腹の底に飲み込んだ。
目を見開き、天井の暖色系のライトを見つめる。光が目に染みて痛い。
彼女は思った。これでいい。これが最後なのだから。
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