恋人に犬として扱われていたと知った日、私は妊娠していた。そして、彼の【高嶺の花】との恋を成就させるため、海に身を投げた

恋人に犬として扱われていたと知った日、私は妊娠していた。そして、彼の【高嶺の花】との恋を成就させるため、海に身を投げた

渡り雨 · 完結 · 12.0k 文字

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紹介

妊娠中のエコー写真を手にしたその日、藤堂延からメッセージが届いた。
【今夜、クラブに来い。首輪、忘れるなよ】

てっきりそういうプレイなんだと思って駆けつけたら、聞こえてきたのは彼と友人たちの嘲笑だった。

「五年か。雨宮寧音のやつ、お前の言うことなら何でも聞く、本物の犬になったじゃねえか」

私が命のように大切にしてきた愛情は、ただの「飼い慣らし」と名付けられた彼のゲームに過ぎなかったのだ。

後日、私は彼の目の前で、深い海の底へと身を投げた。

すると、藤堂延は狂ってしまった。

三年後、ニューヨークの華やかな社交界。

私はトップデザイナー「Hera」として、その場にいた。

かつてあれほど傲慢だった男が、目を真っ赤に腫らし、衆人環視の中で私に跪いた。

「寧音、今度は俺が……俺がお前の犬になる」

私は笑って、彼を蹴り飛ばした。

「ごめんなさい。ゴミは必要ありません」

チャプター 1

 妊娠のエコー写真を手に、彼と喜びを分かち合おうとしていた矢先、二通のメッセージが届いた。

【今夜、銀座のクラブ『Night』に来い】

【首輪を忘れるなよ】

 首輪? それはベッドの上での冗談めいたプレイでしか使ったことがない。なのに、どうしてクラブへ……?

 もしかしたら、個室には私たち二人だけなのかもしれない。

 そう思い直し、私はエコー写真をバッグにしまい込んだ。妊娠の報告は、夜に直接会ってからにしよう。

 しかし夜、クラブの個室の前に立った私は、中から漏れ聞こえる彼と友人たちの会話に凍りついた。

「藤堂、さすがだな。五年かけて、雨宮寧音を完全に手懐けたってわけか?」

「違いない。白鳥のお嬢様が発つ前の賭け、もうすぐ達成だろ?」

「なんだっけ? 『犬の調教記録』だっけか? 傑作だな!」

 ドアノブにかけた手が震え、動かなくなる。

 藤堂延の気怠げな声が響いた。

「おい、もうすぐあいつが来る。その辺にしておけ」

 頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。

 この五年間、彼は私にテーブルマナーを教え、服装を選び、敬語の使い方まで厳しく指導した。

 それは完璧なパートナーになるための愛情だと思っていた。

 けれど……あれは、犬の躾だったというの?

 震える手でスマホを取り出し、彼が隠していたLINEグループの存在を思い出した。さっき彼がシャワーを浴びている間、通知で光った画面を私の誕生日で解除して見てしまったものだ。

 グループ名は【調教進捗表】。

 中には数百もの動画が保存されていた。

 それぞれの動画の下に、彼からのコメントがついている。

 最初の投稿は【初級服従テスト、合格】。

 次は【耐性テスト、合格】。

 投稿日時を振り返ると、初回の動画は私が嫉妬して拗ねた際、軽井沢の別荘に三日間食事抜きで閉じ込められ、泣いて許しを乞うた時のものだった。

 二回目は台風の日。彼が好物の限定栗羊羹を食べたいと言い出し、高熱をおして買いに行った時のことだ。

 そして最新の投稿は、昨夜のもの。

【明日、最後のテストを行う。羞恥心の脱感作だ】

【あいつが首輪をつけて人前で白鳥に酒を注げば、この勝負は俺の勝ちだ】

 そうだったのか。

 私が命がけで守ってきた愛は、五年間にわたる悪質なゲームでしかなかった。

 無意識にお腹を撫でる。込み上げてくるのは、強烈な皮肉と絶望だけ。

 私はバッグの中の首輪を取り出し、ゴミ箱へと放り込んだ。

 個室のドアが内側から開き、藤堂延の顔が現れる。

 私を見て一瞬驚いたようだったが、すぐに慣れた手つきで私の腰を抱き寄せた。

「寧音、来てたなら言えよ」

 私は動揺を押し殺し、努めて明るく振る舞った。

「今着いたところ。ノックしようとしたら開いたから」

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妻である私は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
爪が掌に食い込み、血が滲む。
けれど、手の痛みより、引き裂かれた心の痛みのほうが遥かに強かった。

冷たい風が、私の髪を揺らす。
その瞬間、ふと強烈な疲れを感じた。

ああ、もういいや。
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