紹介
他の参加者は、超人気男性アイドルグループのメンバーである木村青と田中安。さらには、日本俳優最高栄誉賞を三度も受賞した国民的俳優、乙川純までいる。
そんな豪華メンバーと共に、私たちは無人島でのサバイバル生活をスタートさせた。
――そして、私が“本物”のサバイバルマスターであるという秘密が、この番組を通じて、やがて明らかにされていく……
チャプター 1
「あと五千万。でなければ、お話になりません」
会社の会議室。重厚な黒革の椅子に深く背を預け、私は静かに告げた。
向かいに座る役員の眉間に深い皺が刻まれ、磨き上げられたマホガニーのテーブルを人差し指が苛立たしげに叩いている。その指の動きが、彼の頭の中のそろばんを物語っていた。契約満了が目前に迫った私というタレントに、それだけの追加投資の価値があるのかどうかを。
「吉川さん、一億が我々の提示できる最高額です。それに、『無人島十日十夜』は、あくまでサバイバル系のバラエティ番組にすぎませんよ」
私は鼻で笑ってやった。『ただの』、ですか。ただのバラエティごときに、なぜわざわざ私と、あの「国民の妹」こと吉田唯を同時にブッキングするのか。あんたたちの腹の内なんて、とっくにお見通しよ。
「ただの、ですか? では、なぜ私と吉田唯をセットで? そちらの魂胆は、よく分かっています」
私は男の目を真っ直ぐに見据えた。
「私が飲み会を断れば『大物気取り』と書かれ、花粉症で目をこすれば『先輩を睨みつけている』と報じられる。挙句の果てには、木村青のセクハラを拒絶したことさえ、後輩いじめだと捻じ曲げてくれたじゃないですか。この五千万は、私が番組内で道化を演じ、吉田唯という聖女を引き立てるための、いわば演出料です」
役員は押し黙った。私の言葉が、何一つ誇張のない事実だと分かっているからだ。
会社は、吉田唯の清廉潔白なイメージを守るためなら、どんな手でも使う。そして私は、そのための生贄に選ばれたにすぎない。
長い沈黙の末、彼が折れた。
「……承知しました」
事務所を出ると、初夏の強い日差しがアスファルトに照りつけていた。けれど、その熱は少しも私の心まで届かない。
深く息を吸い、スクランブル交差点の無機質な人の流れを、私はただぼんやりと見つめていた。あと三ヶ月。たった三ヶ月の辛抱で、この嘘と見栄で塗り固められた世界から、私は自由になれる。
そもそも、芸能人になりたいなどと思ったことは一度もなかった。事務所のスカウトに声をかけられるまで、私は『嵐風』と名乗る、チャンネル登録者数百万人のサバイバル系動画配信者だったのだから。
あの頃の私は、鬱蒼とした森を駆け回り、食べられる野草の見分け方や、即席のシェルターの作り方、原始的な火の熾し方を視聴者に見せていた。そこにあったのは、偽りのない自然と、自分自身の知識と技術だけだった。
今回、『無人島十日十夜』のオファーを受けた唯一の理由は、そのテーマが私の専門分野に合致していたからだ。
少なくとも、あの環境であれば、本当の自分でいられるはずだ。
マンションの自室に戻り、ツイッターを開く。予想通り、トレンドの一位は「#吉川奏、国民の妹・吉田唯と無人島サバイバルで激突」。リプライ欄は、いつものように賛否両論の嵐が吹き荒れている。
「また吉川奏がうちの唯ちゃんをいじめるの見せられんの? 唯ちゃんのが人気あるからって嫉妬すんなよマジで」
「奏ちゃんのプロのサバイバル技術に期待! 番組側が公平な編集をしてくれることを祈ってます!」
「吉川奏のあの仏頂面、ガチで見飽きたわ。唯ちゃんみたいな愛嬌、ゼロだよなw」
「奏ちゃん、応援してます! アンチなんかに負けないで!」
画面をタップしてスリープさせる。もう慣れた。この業界に五年もいれば、こんな匿名の石つぶてで心を揺らすほど、私はもう脆くはない。
一週間後、太平洋に浮かぶ名もなき無人島。
「はい、みなさーん! お手持ちの食料はぜーんぶ、こちらのボックスにお願いしまーす!」
番組ディレクターが、胡散臭い笑顔を貼り付けて声を張り上げる。
「この無人島では、ご自身の能力だけを頼りに生き抜いていただきます! 支給されるのは、各自このミネラルウォーター一本のみです!」
「えーっ、じゃあこれもダメなんですかぁ?」
吉田唯が大げさに肩を落とし、ポケットから取り出したポテトチップスの袋を名残惜しそうに振ってみせる。そして、すぐさま近くのカメラに向き直り、お得意のポーズ——両手で頬杖をつき、きゅるんとした瞳で数回瞬きをしながら言った。
「みんな、唯のこと心配しないでね。唯、がんばるから!」
私はその茶番を、ただ無表情に見つめていた。
私たちの隣には、日本アカデミー賞の常連である大御所俳優の乙川純。そして、今をときめくアイドルグループ『NOVA』の木村青と田中安が、対照的な表情で立っている。
木村青は、かつて同じ事務所にいた、国民的トップアイドルの一人だ。
二年前、彼は薄暗い廊下で私に言い寄ってきた。私はその頬を、思い切りひっぱたいてやった。
そして翌日には、ネット上で私が「期待の新人である木村青をいじめた」という根も葉もない噂が、瞬く間に拡散されていた。
「では、最初のミッションを発表します!」
ディレクターの声が響く。
「みなさんには、この島の森を抜け、指定されたベースキャンプ地まで自力で向かっていただきます! そこには我々スタッフが待機しています。それでは、ご武運を!」
誰の目も盗んで、私はブーツに仕込んだスイスアーミーナイフの冷たい感触を、足首でそっと確かめる。
こんな環境で、命綱を手放すわけがないだろう。
獣道すらない密林を、私だけは一切の迷いなく進んだ。他のメンバーが枝葉に悪戦苦闘しているのを尻目に、指定されたキャンプ地へ一番乗りでたどり着く。
だが、妙だった。そこには誰もいない。スタッフどころか、一台のカメラも見当たらないのだ。
「はぁ? なんなのよ、マジで。スタッフはどこ行ったわけ?」
遅れて到着した吉田唯が、悪態をついた。カメラの前で見せる甘ったるい声とは似ても似つかない、地金の声だ。
「クソが。このクソ番組……」
木村青が舌打ちし、ポケットから煙草の箱を取り出す。
「誰か火、持ってねえか」
すかさず吉田唯が手を伸ばした。
「あたしにも一本ちょうだい」
ガンッ、と木村青が苛立たしげに傍らの木を蹴りつける。
「クソ事務所が。なんで俺様がこんなド田舎に来なきゃなんねえんだよ」
そんな中、乙川純は懐のライターには触れず、冷静に周囲を観察している。田中安は不安そうに空を見上げていた。
「あ、あの……もうすぐ日が暮れます。早くどこか、夜を明かせる場所を探さないと……」
彼らの誰一人として、気づいていなかった。
木陰の不自然な岩の隙間で、小さな赤いランプが冷酷な光を点滅させていることに。
これは、ただのサバイバル番組じゃない。私たち自身がコンテンツにされる、悪趣味なリアリティショー……いや、おそらくは、誰も知らされていない隠し撮りの生配信だ。
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三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
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