紹介
物語の設定によれば、私は十数年前に生き別れたとされる野々村(ののむら)家の本当の令嬢。ようやく両親に発見された私を待っていたのは、しかし、残酷な現実。
本来なら私のものだったはずの「野々村家令嬢」というポジションは、野々村歩奈(あゆな)と名乗る偽物にすでに奪われていたのだ。
ならば、やることは一つ。
私の名前、私の家族、私の地位……私から奪われたすべてを、この手で取り返してみせる!
チャプター 1
私の名前は野々村かほ。しがない出版社の編集者だ。
三日三晩ぶっ通しの校正作業で身も心も擦り切れ、目の前のゲラ刷りがぐにゃりと歪み始める。
(ああ、もう無理。こんな社畜生活、一体いつまで続くわけ……)
そんな恨み言を胸に机へ突っ伏したのが、意識の最後だった。視界が、ぷつりとブラックアウトする。
次に目を開けた時、私はふかふかのシングルベッドに横たわっていた。見回せば、そこは全く見覚えのない洋室だ。
『ホストの覚醒を確認。システムを起動します』
無機質な声が突如として脳内に響き、心臓が喉から飛び出しそうになった。
「な、なによシステムって! 誰が喋ってるの!」
慌てて周囲を見渡すが、部屋には私以外、誰の姿もない。
『私は「本物のお嬢様正義システム」。ホスト様専属でサービスを提供いたします』
『おめでとうございます、ホスト様。貴女は小説『名門お嬢様の復讐ゲーム』の世界に転生し、長年なりすまされていた本物のお嬢様、野々村かほとなりました』
私は呆然とした。
転生? 小説? 本物のお嬢様? あまりに荒唐無稽な言葉の羅列に、眩暈さえ覚える。
「待って。小説の世界に転生したって、どういうこと? それに、今の私が……野々村かほ?」
『はい、ホスト様。貴女は野々村グループの正統なご令嬢であり、十数年前に誘拐された後、ようやくご実家に戻られたのです。当システムは、偽のお嬢様である野々村歩奈の正体を暴き、貴女が本来持つべきすべてを取り戻すお手伝いをいたします』
「それで……何かミッションみたいなものはあるわけ?」
『任務は至ってシンプル。野々村歩奈とその協力者を懲らしめることで、システムから数万円から数千万円の金銭的報酬が支払われます。また、システムには履歴検索や監視カメラの映像復元といった隠し機能もございます』
胡散臭さに眉をひそめつつも、私の口の端が意地悪く吊り上がるのを止められなかった。
「つまり、あの偽物のお嬢様をいじめれば、お金がもらえるってこと?」
『ご認識の通りです、ホスト様』
私は、ふっと笑みを漏らした。
「じゃあ、何もしないでゴロゴロするって選択肢はアリ? せっかくお嬢様になったんだし、まずは優雅な生活を満喫したいんだけど」
『ホスト様がご自身の生き方を選択されるのは自由です。しかし、忠告申し上げるならば、原作の野々村かほは最終的に敗北し、偽物の野々村歩奈が勝者となりました。その結末は……非常に、悲惨なものでした』
「はいはい、わかったわよ」
私は気のない返事をしながら、ひらひらと手を振る。
「とりあえず、私の両親に会わせてちょうだい」
システムの案内に従い、クローゼットにあった上質なワンピースに着替え、明らかに間に合わせといった風情の部屋を出た。
扉を開けた瞬間、私は目の前の光景に息を呑んだ。黒漆喰の壁と、ガラス張りのモダンな意匠が融合した、壮麗な和風モダンの邸宅。緻密に計算され尽くした庭園が、広大な玄関ホールから望める。
(これが……お金持ちの生活!)
現金なもので、私の目はたちまち期待に輝き始めた。最高じゃない!
私が豪邸に見惚れていると、一組の中年夫婦が早足でこちらへやってきた。興奮を隠しきれないといった表情だ。上質なスーツを隙なく着こなした男性と、気品ある優雅な佇まいの女性。一目で上流階級の人間だとわかる。
「かほ!」
女性の方が駆け寄り、ほとんど飛びつくように私を抱きしめた。
少し気まずさを感じながらも彼女の背中に腕を回し、私は探るように尋ねる。
「どうして泣いてないの? 何年も離れ離れだったんでしょ?」
二人は一瞬きょとんとし、やがて男性の方が破顔した。
「はは、昨日、病院でさんざん泣いたからな。今日はお前が家に帰ってくる、記念すべき最初の日だ。ただ、お前に楽しく過ごしてほしい。それだけだよ」
私はこくりと頷き、試しに呼びかけてみた。
「お父さん?」
その一言で、私の父である野々村健一は感極まったように顔を綻ばせ、すぐさまスーツの内ポケットから黒く輝くカードを取り出した。
「これはお前に。好きなものを何でも買うといい」
(ボーナスタイム、キター!)
私はすぐさま満面の笑みで彼に抱きついた。
「お父さん! 大好き!」
母である野々村雅子も負けじと、品の良いハンドバッグから別のカードを取り出す。
「これは銀座ショッピングモールのVIPカードよ。すべてのお店で特別割引が適用されるわ」
私は二枚のカードを宝物のように受け取り、心の中ではすでに壮大な買い物リストを作り始めていた。
案内されたリビングルームには、制服に身を包んだ、ガラス細工のように整った顔立ちの少女がぽつんと立っていた。
「かほ、この子は歩奈よ」
雅子さんが、少し心配そうに私の顔を窺う。
「あなたがいなくなった後、私たちが養子に迎えたの。……気に、しないかしら?」
私はシステムから与えられた原作の情報を思い返す。確か、本物のお嬢様は帰ってくるなり、この義理の妹を追い出すようヒステリックに要求したはずだ。
(でも、今の私は本物の野々村かほ。焦る必要なんてどこにもない。ゆっくり、じっくり、料理してあげる方が面白いじゃない)
私は優雅に微笑み、野々村歩奈へと手を差し伸べた。
「これから、姉妹ね」
歩奈は明らかに虚を突かれた顔をした。私がこれほど友好的だとは、夢にも思わなかったのだろう。彼女は一瞬ためらった後、おずおずと私の手を取った。
「……お姉さん、こんにちは」
その光景に、野々村夫妻はよほど安堵したのだろう。二人は感極まった様子で、そっと抱き合っていた。
一階を見学し終え、雅子さんが私の部屋を案内しようと階段へ促す。その階段を上がる直前、私はふと足を止め、満面の笑みで両親を振り返った。
「お父さん、お母さん」
そして、最高の愛嬌を振りまいて尋ねる。
「カードの暗証番号は?」
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いつからか、私は彼の後を追いかけるようになっていた。
大学の卒業式で、山本宏樹は奨学金を得た優秀な卒業生だった。
彼は卒業生代表の挨拶の場で、私が彼の恋人だと公言し、全校生徒数万人の前でプロポーズしてくれた。
あの頃、彼は前途有望な若き社長で、卒業前からすでに自分の会社を立ち上げていた。
一方の私は、骨肉腫だと診断されたばかりで、明日の太陽を見ることさえ贅沢な望みだった。
私は彼のプロポーズを断り、それから治療のために海外へ渡った。
しかし誰もが、私が貧乏な若者である彼を見下し、金持ちの御曹司に乗り換えて海外へ行ったのだと思っていた。
帰国後、彼は私に五百万円を投げつけ、彼と結婚するように言った。













