紹介
ところが結婚記念日のその日、彼は亡くなった元恋人の妹を家に連れて帰り、「彼女が白血病になったから」と言って、私に主寝室を譲るよう求めた。
六年間私が育ててきた子供は、私の鼻先を指差してこう言った。「あなたは家政婦よ、僕のお母さんじゃない」
私が離婚協議書にサインした時、彼らはまだ知らなかった——あの女の驚愕の嘘と、私がこれから奪い取ろうとしているすべてのことを。
チャプター 1
結婚六年目。夫は私の反対を押し切り、亡き元カノの妹を家に連れ帰ってきた。
「千夏、絵梨の病状は深刻なんだ。家に住まわせることにした」
私はうつむく。丹精込めて作った夕食の横に置かれたのは、白血病を告げる診断書だった。
これが、夫――浩平から贈られた、結婚六周年のプレゼントというわけだ。
私の顔色が優れないのを見て、絵梨は彼の胸に寄り添う。その声は、風が吹けば消えてしまいそうなほどか細かった。
「浩平、もういいよ。千夏さんは私のこと、歓迎してないみたいだし」
「それに、私だって先は長くないし……お姉ちゃんと同じ病気……もう放っておいて」
「絵梨、馬鹿なことを言うな。きっと良くなる」
そう言って、浩平は私に向き直る。その瞳は氷のように冷たい。
「千夏、お前それでも人間か! 死にかけた人を一人も受け入れられないなんて。そんな冷血な人間が、諒太の母親として手本を示せると思ってるのか!」
諒太――十歳になる息子は、父親の言葉を聞くや否やソファから飛び降りた。そして小さな拳を振り上げ、私の太腿を叩く。
「千夏! 絵梨お姉ちゃんを泊めないなら、もう口きいてやらないからな!」
テーブルの上の夕食は完全に冷め切っていた。私の心と同じように。
一方は六年間愛した男。もう一方は六年間育て上げ、自分の骨髄を提供してまで救った我が子。
浩平が朝帰りばかりしていた日々、私にとって最後の希望だったのは諒太だ。
昔は、彼も私にべったりとくっついてきたものだ。小さな手で私の首に抱きつき、耳元で「お母さん、大好き」と囁いてくれたのに。
それが今では、別の女のために、私という「お母さん」を躊躇なく捨てると言う。
怒りよりも失望が勝った瞬間だった。
私は自嘲気味に笑うと、背を向けて部屋に戻ろうとする。だが、浩平に呼び止められた。
「千夏、今すぐ荷物をまとめろ。今日から客室を使え」
私は足を止める。振り返りはしなかった。
「絵梨は病人だ。俺たち夫婦が一緒にいるところを見たら、死んだお姉さんを思い出して病状が悪化するかもしれない」
彼はまるで「今日はいい天気だな」とでも言うような、平然とした口調だった。
私は深く息を吐き、部屋に入ると震える手で馴染みの番号に発信した。
「里美、仕事に戻りたいの」
受話器の向こうから、興奮した声が響く。
「本当!? 千夏、やっと目が覚めたのね!」
「家庭のためにキャリアを捨てるなんて、法曹界の損失以外の何物でもなかったわ! お帰りなさい、法廷の女王!」
私は苦い笑みを浮かべて頷き、すぐさま来週の航空券を予約した。
スマホをしまおうとしたその時、絵梨のSNSが更新されているのに気づいた。
写真には、山のようなプレゼントを積んだカートを押す浩平と、その横を歩く諒太。そして、満面の笑みで諒太の手を握る絵梨が写っていた。
キャプションにはこうある。
「今日はプレゼントいっぱい! 誰かさんが甘やかしてくれるの~」
あの二人は、ショッピングモールを何より嫌っていたはずだ。私が買い物に行きたいと言えば、浩平は「時間の無駄だ」と眉をひそめ、諒太も「つまんない」と私の袖を引っ張っていたのに。
行きたくなかったわけじゃない。ただ、彼らを心からその気にさせる相手が、私ではなかっただけだ。
コメント欄には、浩平の友人である木村さんの書き込みがあった。
「浩平、こんなことして千夏ちゃん怒らないか? 愛想尽かされて逃げられるぞ!」
浩平の返信は、たった一言。
「あいつにそんな度胸あるわけないだろ」
「一生愛する」という言葉を信じて仕事を辞め、諒太への骨髄移植で不妊症にまでなった私。六年間の専業主婦生活で、彼ら以外に何も持たないと思われている私は、涙がこぼれないように必死で天井を仰いだ。
不意にドアが開き、浩平が入ってきた。手にはギフトバッグが提げられている。
「ほらよ。お前、昔ネックレス集めるの好きだったろ」
彼は施しでもするかのように、私に箱を突き出した。
箱を開けると、そこには古臭いデザインの安っぽいシルバーネックレスが横たわっていた。そして箱の内側には、くっきりと印字された「景品」の二文字。
……ネックレスさえ、買い物のオマケだったのだ。
絵梨には山のようなプレゼント。私への結婚記念日の贈り物は、オマケの景品。
私は腕を振り上げ、箱ごとゴミ箱に投げ捨てた。
浩平が激昂し、私の手首を掴む。
「千夏、何のつもりだ!」
「ゴミ捨てよ」
私は彼を見据え、静かに答える。
「せっかくの俺の好意を、なんて態度だ!」怒りで彼の顔が歪む。「今日は結婚記念日だからって、わざわざ持ってきてやったんだぞ! 恩知らずにも程がある!」
「ええ、私は恩知らずよ。言っておくけど、そんな胸糞悪いもの、何度持ってこようが全部捨てるから」
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