紹介
婚約の儀式に向けてすでに身支度を整えていたとき、評議会の広間の扉の隙間から、彼の声が漏れ聞こえた。
「本当にやるつもりか? 人間と?」
「当然だ。連盟は何年も俺たちの喉元に刃を突きつけてきた。奴らの指導者の弟子を婚姻で差し出させる――それで刃は遠ざかる」
「でも、彼女が気づいたら――」
「気づかない」
「それに、ライセスは――」
「大事なのはライセスだ。人間のほうは扱える」
中庭から出ることすらできなかった。防御を呼び出すより先に、闇から刃が飛んできたのだ。
目を覚ましたとき、私はすべてを覚えていた。オルドリック。イサラ。連盟。五年間の旅路、その一歩一歩。
ただ、彼の顔だけが思い出せない。
オルドリックの伝令石がナイトテーブルに置かれていた。短く、事務的な文面――「連盟へ帰還せよ。政略結婚。オーク王家」
私は返した――「七日」
チャプター 1
床に開いたままの虚無袋を見て、ミーレンは戸口で足を止めた。
「本気なのね。オークとの結婚」
「転移門は予約済みだ」私は手を止めずに言った。
「あと六日」
ミーレンはゆっくり部屋に入ってきた。
「全部捨てることになる。ここでのものも、置いていく……」言い淀んでから続ける。
「……いとこも」
私は顔を上げた。
「いとこ?」
「ヴェイラーよ」
「彼のこと、何も覚えてない」私は衣装棚を漁る手を再開した。
「何を置いていくっていうの? 私、彼を愛してたの?」
ミーレンはすぐには答えなかった。代わりに衣装棚の奥へ手を伸ばし、薄い台帳を引き出した。使い込まれて柔らかくなった表紙の、細身の帳面。それを私の手に押しつける。
「あなたは五年間、彼を追いかけた。会うたびに記録して、試したことも全部。全部ここにある」
私はページをめくった。几帳面で日付の入った、自分の筆跡が延々と続く。そのほとんどの欄に、ある名前が走っていた。ライセス。初期の記録にもあり、年を追うごとに増え、終盤にはほぼ毎ページに現れる。
胸の奥が、ほんの一瞬だけ押されたように痛んだ。悲しみ、というほどでもない。知らない誰かのことを読まされているような、奇妙な圧迫感だ。
「ライセスって、誰?」私は尋ねた。
ミーレンはゆっくり息を吐いた。
「彼が本当に欲しい相手よ。ずっとそうだった。あなたは、最初から『彼女』じゃなかった」
私は絆の台帳を閉じ、虚無袋へ放り込んだ。
「五年もいて、一度も私を選ばなかった」袋の口を縛る。
「何を置いていくっていうの。捨てるものなんて、見当たらない」
「オークとの結婚だと?」背後から声がした。冷たく、刃のように。
振り返る。
ヴェイラーが、戸枠にもたれかかっていた。床の虚無袋を見て、それから私を見た。
「またくだらない真似か?」
ミーレンが一歩前に出る。
「彼女は――」
「お前に聞いてない」彼はミーレンを見もしない。視線は私に張り付いたままだ。
「テッサ。俺はこの婚姻を受け入れた。お前もそれにふさわしく振る舞え。それと、ライセスについて何を吹き込んでいるにせよ――やめろ」
「ライセスのことなんて、何も言ってない」
「血月の宴。今夜だ。来い」
「どうして?」
「ライセスが来る」彼はいつも通りの言い方で言った――落ち着き払っていて、すでに決定事項であるかのように。
「彼女には正式な立場がない。俺が彼女を連れて行って、お前がいなければ、宮廷が騒ぐ。お前がいれば静まる」一拍置いて、「一晩だけだ」
私は彼を見た。
彼は今、口に出して、はっきりと私に頼んでいる。自分が本当に望む女の隠れ蓑になれ、と。天気予報みたいに淡々と。
「嫌よ」私は言った。
「行かない」
彼は部屋を横切ってきて、私の手首を掴んだ。
待ち伏せで負った背中の縫合――まだ抜糸も済んでいない、三週間前の傷――その糸が一斉に引きつれた。肩口の布の内側に、温かいものがじわりと広がっていく。
「ヴェイラー」
廊下から、ライセスの声がした。柔らかく、慎重な声。
彼は止まった。手を離した。
脚が折れそうになるのを堪えて、私は戸枠を掴んだ。背中が灼ける。彼はもう扉へ向かっている。
ライセスが部屋に入ってきた。青白い顔、飾り気のない服装。彼女の目はヴェイラーから私へ、そしてまたヴェイラーへと揺れた。彼女は部屋を進む。その歩き方は、明らかにいつもそうしてきたものだった――ここが自分の居場所だと言わんばかりに。
「お取り込み中だとは思わなかったわ」彼女は言った。
「また出直す」
ヴェイラーは彼女のところへ行った。
「大丈夫か? 休んでいないと」
「ただ、会いたかったの」彼女は少しだけ彼にもたれ、腕を探るようにして手を添えた。
ミーレンが私の横にしゃがみ込み、両腕の下に手を入れて身体を起こしてくれた。それから、ヴェイラーの背中に向けて顔を上げる。
「縫い目が裂けたわ」声はやけに落ち着いていた。
「血が滲んでる。あなた、彼女を部屋の向こうまで引っ張って――」
「問題ない」
「問題ある。三週間もかけて治してきたのに、掴んで――」
「ミーレン」たった一言。
ライセスの手がヴェイラーの腕を強く掴んだ。声が低くなる。
「私が来ると、いつも余計に悪くする。テッサは私のせいで、ずっと我慢してきたの」彼の肩越しに私を見る。
「私に腹を立てても、当然だわ」
私は一言も発していなかった。
ヴェイラーが振り向いた。
平手打ちは速かった。頭が横へ跳ね、耳の奥が高く空洞に鳴り続ける。私は戸枠を掴み、倒れずに立っていた。
彼は手を振って痛みを払うようにした。「もっと賢いと思っていた」厄介事を処理するような目で私を見る。
「もうミーレンに代わりに喋らせるな。次はこんなに我慢しない」
彼はライセスの手を取った。
「血月の宴。大広間。八時。待たせるな」
二人は出ていった。扉は開いたままだった。
音が消えきらないうちに、ミーレンの腕が私を包んだ――肩を避け、慎重に。しばらくして離れると、彼女の頬は濡れていた。
「ごめん」彼女は言った。
「私が――」
「あなたのせいじゃない」私はベッドの縁を探して腰を下ろした。
ミーレンは一瞬立ち尽くした。それから開いた戸口へ顔を向け、表情のどこかが硬く冷えていく。
「行って」彼女は言った。
「連盟へ帰って。オークとの結婚を成立させて。自分が何を投げ捨てたのか、あいつに自力で思い知らせてやればいい」
彼女は間違っていなかった。
耳鳴りはまだ続いていた。肩が焼けるように痛む。私は座ったまま、日程を頭の中で計算した。
転移門は予約済み。あと六日。オルドリックが待っている。
あと六日。
それからは、私の物語だ。
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さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。
そして私の婚約者——すでに顔を合わせているにもかかわらず、その正体を知らなかったあの男こそ、この街の誰もが名前を聞くだけで震え上がる、ビジネス界の冷酷な死神:梅原晴琉だったのだ。
ある日、彼は私の手を執り、ゆっくりと距離を詰めると、耳元で低く囁いた。
「俺のこの鼓動、今なら感じられるか?」
私は至って真面目な顔で彼の胸に手を当て、大真面目にこう返した。
「心拍数は確かに少し高めですが、非常に健康的です。心配ありませんよ」
彼は一瞬呆気にとられ、それからふっと吹き出した。その瞬間の彼の笑顔に、私の心臓もなぜかドクンと跳ねた。それは、自分自身でも説明のつかない初めての衝動だった。
だが、彼が私の真実に一歩ずつ近づくにつれ……私の心は揺らぎ始めている。自分の最後の秘密を、あとどれくらい隠し通せるのだろうか。
外されるはずのなかった仮面——。だが、あの人が執拗にその霧を剥ぎ取ろうとするとき、私は一体どこへ向かえばいいのだろう?
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。
生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。
兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。
長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
私が囲っている億万長者
彼は息を呑むほど美しく、落ちぶれていた。夫の裏切りがもたらした傷が完全に癒えるまで、彼をそばに置いておくつもりだった。
お金で彼の付き添いを買い、すべてのルールを私が決め、すべてを完全に掌握しているつもりだった。
けれど、私の隣で横たわるこの男の正体は、彼が語ったものとはまるで違っていた。
魅惑的な笑顔と抗いがたい容姿の下に隠されていたのは、仇敵から身を隠す億万長者の素顔だった。
今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。
身を引くことは、彼のそばにいることよりも、もっと危険かもしれない。
不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。
しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。
吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。
けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。
「こんな汚らわしい男は捨ててやる」
私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
すべてを奪われた令嬢は、やり直しの人生で微笑む
視界を染めるのは絶望の闇。そして、耳元に届くのは――従妹・原田紀奈の、歪んだ嘲笑。
「お姉ちゃん、恨むなら自分の甘さを恨みなさい」
父の薬をすり替え、母を死に追いやり、兄の事故さえ仕組んだ。すべては、目の前で笑うこの女の仕業だった。
さらに突きつけられる、あまりにも残酷な真実。
「あなたの婚約者はね、あなたが身を削って得たお金で、私への婚約指輪を買ったのよ?」
――すべてを奪われ、絶望の中で命を落とした、はずだった。
しかし、次に目を覚ますと、そこは見覚えのある「19歳の誕生日パーティー」の会場。
前世と同じように、婚約者の七瀬崚介が私に無実の罪を着せ、謝罪を迫っている。
(……でも、もう私は、あの頃の愚かな人形じゃない)
奪われた人生も、向けられた悪意も、そのすべてを覚えている。
今度は、私が奪い返す番。
裏切り者たちに、地獄以上の絶望を――たっぷり利子を付けて、返してあげる。
社長の可愛い若妻
愛に絶望した私は、お互いの利益のための「契約結婚」に同意する。てっきり、悪名高いプレイボーイの蒼井翼と結婚するものだと思っていた。ところが、書類にサインする瞬間、婚姻届に書かれていた名前は――蒼井沢言。誰もがその名を聞くだけで震え上がり、「地獄の帝王」と恐れられる冷酷な巨大財閥のトップだった。
彼は私に数々の価値連根のジュエリーを贈り、私の敵をすべて排除し、世のあらゆる嵐から守ってくれた。けれど、「愛している」という言葉だけは、一度も口にしなかった。
しかしある夜、彼は私を壁に押し付け、熱い吐息を肌に吹きかけながら、低く掠れた声で囁いた。
「音羽、俺をいつまで待たせるつもりだ?」
――この結婚は、決して偶然などではなかった。最初からすべて、彼が仕組んだ「執念の計画」だったのだ。













