紹介
泥の中に膝をつき、拒絶の痛みが私の全身を引き裂く。身重のセレステを連れ、彼が背を向けて歩き去るのをただ見送るしかない。
「我、デーモン・ブラックウッドは」氷のように冷たい声が宣言する。「おまえを伴侶として拒絶する」
十年も彼を愛してきた――公衆の前で行われる拒絶の儀式で私を辱める、その瞬間までは。彼は別の女を選び、私を捨て、さらには私の群れに戦を仕掛けた。両親は私を守って命を落とし、私は裏切りに砕かれ、独りで死んだ。
それなのに、目を覚ますと……三年前に戻っていた。
今度こそ、彼の愛を乞うのは終わりだ。
「賭けをしない、デーモン」絆を断つ提案を一蹴されたとき、私は言う。「もうすぐあなたは、この拒絶を受け入れるだけじゃ済まなくなる。あなた自身が、それを乞うことになるわ」
彼は氷の侮蔑を湛えた目で私を見据える。「俺は。乞わない」
ため息が漏れる。私は一度これを生きている。だから、何が起きるか知っているのだ。デーモンは真の伴侶に出会い、狂おしいほど恋に落ち、そしてようやく私を自由にする。私がすべきことは、待つだけ――そのはずだった。
だが……おかしなことになっていく。
かつて何カ月も私から離れていた男が、今では私の一挙手一投足を見張る。ほかの男について執拗に問いただす。そして、ついにセレステと出会っても、彼は「あるべきように」私を拒絶しない。
代わりに拒絶したのは――セレステのほうだった。
チャプター 1
ヴァイオレット視点:
油とフライドチキンの匂いが空気を満たしていた。重たく、まとわりつくような匂い。けれど私には、血の金属じみた生臭さよりよほどましに思えた。
大学の近くにあるマクドナルドの隅の席に座り、指先でプラスチックのテーブルの縁を強くつかむ。外では車の流れが途切れず、世界は騒がしく、生き生きとしていた。たった今私が這い出してきた地獄など、まるで関係ないとでも言うように。
意識はまだ、あの雨の夜に縛りつけられていた。雷鳴が耳に残っている。アルファの命令が空気を裂いて轟く声も。
私は十年を費やして、デイモン・ブラックウッドの心を温めようとした。完璧なルナを演じた。持てるすべてで彼を愛した。なのに返ってきたのは、別の女のために家族を屠るという仕打ちだった。
私が彼を「彼女」のもとへ行かせまいとしたせいで、フロスト・パックは私の血族に宣戦布告した。真実が見えないほど愚かだった娘を守ろうとして、両親は死んだ。倒れていく姿を見届け、それから私は死んだ。愛されることもなく、替えのきく存在として。
自分の手に視線を落とす。震えてはいるが、きれいだった。傷跡もない。前の人生で私を蝕んで殺したあの衰弱の病は、消えている。
壁に掛かったデジタルのカレンダーを見上げた。日付が、こちらを睨み返してくる。
三年前だ。
私は戻ってきた。そして今日は、デイモン・ブラックウッドが私に刻印を刻んだ日から五周年の日だった。
乾いた笑いが喉から漏れた。運命はなんて性格の悪い冗談を言うのだろう。結婚という茶番のど真ん中へ、私を投げ戻したのだから。だが今度は、もう盲目じゃない。
「四十二番のお客様!」
澄んだ、明るい声が喧騒を切り裂いた。私は顔を上げる。
そこにいた。セレステ・モリソン。
規定の制服に、蜂蜜色の金髪を覆うバイザー。か弱そうで、無害そうで――この鹿のような瞳の学生が、私の家族の破滅の理由だなんて信じがたい。
前の人生で、彼女は引き金だった。デイモンが世界を壊してまで求めた「彼女」。
セレステはトレーを手に、私のテーブルへ歩いてきた。笑う。目元まで届く、晴れた日のような眩しい笑顔で。
「ご注文の品です、ルナ」彼女は言った。
トレーを置いたのに、すぐには立ち去らない。逡巡し、指先が落ち着かない様子でエプロンに触れる。
「よかったら、なんですけど」セレステは小さく言い、ポケットから取り出した小さな温かな紙箱をトレーの上に置いた。「アップルパイを一つおまけしました。私からです」
私は固まった。困惑したまま彼女を見上げる。「どうして?」
セレステはほんのり頬を染め、靴先へ視線を落としてから、また私を見た。本気の心配がそこにある。
「窓の外を見てるあなたが……すごく悲しそうに見えたんです。世界の重さを一人で背負ってるみたいに。母がいつも言うんです。つらい日には甘いものが効くって」
その目はあまりにも澄んでいて、優しかった。裏も駆け引きもない。ただ、見知らぬ相手を慰めようとしているだけの少女。
皮肉が息を詰まらせる。やがて私の人生を、結果的に壊すことになる女の子が、パイ一つで私を元気づけようとしている。
「……ありがとう」私の声はざらついていた。
「今日が少しでも良くなりますように」セレステは明るく言い、小さく手を振って、弾むようにカウンターへ戻っていった。
私は彼女の背中を見送った。軽やかで、無垢で――もう二度と戻れない、私にはないものばかりをまとっている。
紙袋を手に取る。食べ物の熱が紙越しにじんでくる。確かに、現実の熱だった。
店を出て、蒸し暑い午後の空気の中へ踏み出す。縁石のところに黒いセダンが待っていた。私は後部座席へ滑り込み、シートにもたれる。革はひんやりとして、高級な磨き剤の匂いがした。
「ルナ」運転手のレオが言い、ルームミラー越しに私を見る。「宝飾店から連絡がありました。今夜のためにご注文されていた黒曜石のカフスボタン、屋敷に届いたそうです」
今夜。祝宴。
五年間、この日は一年でいちばん大切な日だった。丸一日かけて支度をした。冷めていく料理を並べ、誰にも見られない絹のガウンを身にまとった。すべてはデイモンの、ただ一度の頷き――承認のしるしをもらうためだけに。
「そう」私は言い、窓の外へ顔を向けた。
どうしてそんなことをしてきたのだろう。心が冷たい石のような男を、なぜ追いかけた? 私はヴァイオレット・ゴールドクレストだ。私の狼、エンバーはアルファの血を引いている。誇りだってある。それなのに私は、デイモンの人生に収まるよう、自分を小さく折り畳んできた。
完璧でいたところで、両親は救えなかった。愛したからといって、戦争が止まるわけでもなかった。
車は私道を進み、ブラックウッド邸へと近づいていく。現代建築の傑作。黒い石とガラスで造られたそれは見事だったが、温もりがない。
噴水のそばに、巨大な黒いSUVが停まっているのが見えた。
デイモンの車だ。彼が家にいる。予想外だった。
リビングに入る。広く、冷えた空気。灰色の濃淡で整えられた内装が、いっそう無機質に見えた。
長い革のソファに、デイモン・ブラックウッドが座っていた。膝の上にノートパソコンを置き、背筋を硬く伸ばしている。威圧的で、命令する者の姿だった。
美しい。それは否定しようがない。黒髪が無造作に額へ落ち、輪郭は鋭く、貴族めいた整い方をしている。瞳は血の色。支配的なアルファの力が、黙っていても滲み出ていた。
彼は顔を上げない。いつだってそうだ。
交配の儀を思い出す。彼は私を、取引のように見ていた。『これは提携だ、ヴァイオレット』そう言って。『魂まで分け合えると思うな』
憎しみに備えた。喉笛を引き裂きたい衝動が、私を飲み込むはずだと思っていた。すべてを台無しにする男――それが彼だ。
けれど、彼を見ても怒りは湧かなかった。代わりに胸の奥に、不思議な空洞の静けさが落ちてきた。許したわけじゃない。むしろ、解放感だった。
壊したくない。復讐もいらない。ただ、出ていきたかった。
私はいつもの丁寧な挨拶を返さなかった。
彼の向かいの一人掛けまで歩き、赤い靴底のハイヒールを蹴り脱ぐ。かつん、と磨き上げられた床に転がった。私はそのまま、クッションへ沈み込む。
紙袋を破く。静まり返った部屋に、その音だけがやけに大きく響いた。
デイモンの指が止まった。
私は袋からフライドチキンを取り出す。黄金色の衣のくずが高価な絨毯にぱらぱら落ちた。構わない。かぶりつく。ざくりという音が部屋に反射する。
ようやくデイモンが顔を上げた。赤い瞳が細くなる。裸足の先から、指についた油までをなぞるように見て、困惑と嫌悪を滲ませた。
「それを食べてるのか?」彼が訊く。「ここで?」
私は飲み込み、手の甲で口元を拭った。
「食べたかったから」平坦に言う。「だから食べてる」
彼は私を凝視した。眉間に皺が寄る。彼の知っているヴァイオレットじゃない。彼の知る私は、今ごろ台所にいるはずだ。記念日の夕食のことで神経を尖らせているはずだった。
彼はノートパソコンをぱちんと閉じ、背もたれに身を預けて腕を組んだ。
「何のつもりだ、ヴァイオレット。注意を引きたいなら、哀れなやり方だな」
私はチキンを袋に戻し、ナプキンで手を拭く。そして彼を見た。
傲慢さ。切り捨てるような視線。彼は私を伴侶だと思っていない。家具だと思っているのだ。便利で、黙っている家具。
「デイモン」私は言った。声は落ち着いていて、震えない。
彼は片眉を上げた。退屈そうに。
「交配の絆を解消したい」私は言った。「正式な拒絶の儀式を望む」
部屋の沈黙は完全だった。デイモンは動かない。怒りもしない。傷ついた顔もしない。ただ、私を見つめている。
それから、彼は笑った。
短く、鋭い音。嘲りが詰まっていた。首を振り、気の毒なものを見る目で私を見る。
「拒絶の儀式?」繰り返す。冗談みたいに、その言葉を転がした。
彼はノートパソコンをまた手に取り、私を完全に切り捨てた。
「ヴァイオレット、ふざけるのはやめろ。領土統合の見直しがある。身なりを整えてこい。油の臭いがする」
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父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。
しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
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何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
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しかし、彼女は知らずのうちに、この不屈の王の真実の愛となっていたのだった。













