紹介
あの夜、月明かりの下で、彼が「妹」の灰原琴音と熱く唇を重ねるのを見るまでは。
「彼女は、私たちの禁断の愛を隠すための、都合のいい隠れ蓑さ」
耳を疑う言葉。私に贈られた、サイズも合わず趣味でもない婚約指輪は、そもそも彼女のために用意されたものだったのだ。
全ては、偽り。私はただの道化だった。
しかし、絶望の底で私は気づいてしまう。
彼らの罪は、それだけではなかったことに。
一見、儚げで無垢な養女灰原琴音。
彼女こそが、10年前に彼の実の妹灰原紫を崖から突き落とし、その身分と家族、そして愛する人までをも奪い取った、残忍な殺人犯だったのだ。
いいでしょう。
あなたたちが築き上げた偽りの楽園は、この私がおわらせてあげる。
さあ、断罪の幕開けを。
チャプター 1
医科大学の廊下に夕暮れの光が暖かな輝きを落とす中、私は灰原景の書斎へと足を速めていた。
明日は来月の結婚式の最終的な打ち合わせをすることになっていた。花の装飾や式の音楽について話し合うことを思うと、興奮を抑えきれなかった。
ほとんど抑えきれないほどの熱意で書斎のドアを押し開け、部屋に完全に入る前から口を開いていた。
「景!白薔薇とスミレの組み合わせなんて、とっても素敵なアイデアを思いついたの。それから、式の音楽は――」
しかし、私の言葉は喉の奥で途絶えた。ドアの先にあったのは、暗闇に包まれた、誰もいない部屋だったからだ。
どこへ行ってしまったのだろう。
図書館だ。灰原景は悩んでいるとき、よくあそこで慰めを求めていた。特に古典文学のコーナーがお気に入りで、詩を読むと頭がすっきりすると言っていた。きっとそこに行ったに違いない。
ー
図書館の古典文学コーナーは、ステンドグラスの窓から差し込む幻想的な月光に包まれていた。
その時、本棚の奥から響いてくる聞き慣れた声に、私は不意に足を止めた。
灰原景の声。けれど、私が今まで聞いたことのない声だった。低く、優しく、胸が名状しがたい不安で締め付けられるような、あまりにも生々しい感情に満ちていた。
私は音のする方へ、吸い寄せられるように歩いていた。高くそびえる書架の隙間から、私の世界を木っ端微塵に打ち砕く光景を目の当たりにした。
灰原景が一人の女性を抱きしめていた――まるでこの世で最も尊い宝物であるかのように抱き、その肩からは金色の巻き毛がこぼれ落ちていた。その華奢な体つきには、すぐに見覚えがあった。
灰原琴音。
彼の愛する義理の妹。いつもか弱く、守ってあげなければならないように見えた、あの純真な灰原琴音だった。
「あなたが私を一人の女として愛してくださっているのに、ただの妹のふりなんてできません!」
琴音の声は涙に詰まり、その顔は切ないほどの思慕を込めて彼に向けられていた。
体を支えようと本棚を掴んだ。指の関節が白くなるほど強く。世界がその軸を失って傾いたかのようだった。
「琴音、君は私のすべてだ。だが、世間が決して……」
灰原景の声は感情に震えていた。その手は、私には決して見せたことのない無限の優しさで彼女の頬を撫でた。
彼のすべて。その言葉は、死を告げる鐘の音のように私の心に響き渡った。
「それならどうしてあの人と結婚するのですか?どうして私たち二人を苦しめるのですか?」
琴音の苦悶に満ちた叫びが、刃のように私を貫いた。
灰原景は答えた。
「臆病者だからだ。そして、それが期待されていることだから」
寄せられる期待。私は、その期待そのもの。果たすべき義務。そして…あの二人の許されぬ恋を隠すための、都合のいい隠れ蓑。
恐怖に釘付けになりながら、私は見ていた。灰原景が、深く揺るぎない愛を物語る情熱で、彼女に唇を重ねるのを。私が、彼が私に抱いてくれていると夢見ていた種類の愛。どうやら、完全に他の誰かのものだった愛を。
「景お兄様……」
琴音は彼の唇に触れるほど近くで囁いた。
「あなたが、あの人と一緒にいるのを見るのは耐えられません。あの人の手に触れるたび、あの人に微笑みかけるたびに……」
「しー、愛しい子」
彼は彼女をさらに強く抱き寄せ、囁いた。
「結婚はただの形式だ。私の心が本当はどこにあるか、君は知っているだろう」
形式的なこと。私たちの婚約も、共に計画した未来も、すべて手の込んだ見せかけに過ぎなかった。
どうやって倒れずに図書館を出ることができたのか、覚えていない。
ただ覚えているのは、再び灰原景の書斎の前に立ったとき、私の手は震え、心臓はまるで外科用のメスで胸からえぐり取られたかのように感じたということだけだ。
ー
私が入ると、灰原景は顔を上げ、今となっては偽善的に見える笑みを浮かべようとした。
「千紘。ちょうどよかった。さっき言っていた花の装飾のことだけど――」
「灰原景」
私の声は、彼の心地よいおしゃべりを氷のように切り裂いた。
私は自分の左手を見下ろした。数ヶ月前、あれほど厳かにそこにはめられた婚約指輪。私の指にはどうにもしっくりこず、いつも緩くて滑り落ちそうになり、絶えず位置を直さなければならなかった指輪。
大きすぎる。その事実に、私は衝撃的な力で打ちのめされた。
あの日の記憶が、洪水のように押し寄せてくる。宝石店で、私はすっきりとして上品な一粒ダイヤの指輪がよかったのに、灰原景は頑として譲らなかった。彼が選んだのは、この繊細な透かし彫りが施された、凝った作りのアンティークリングだった。
「こっちの方が君によく似合うよ」
彼はそう言ったけれど、鏡に映る自分の姿に戸惑いが見えたのを覚えている。
私に似合う?それとも、まったくの別人に?
琴音の華奢な手、彼女が透かし彫りのデザインを好むことはよく知られていた。この指輪は――そのサイズも、スタイルも、その本質そのものが――最初から私のために選ばれたものではなかったのだ。
「別の女性の指のために、別の女性の趣味で選ばれた指輪」
私は囁いた。その言葉は、静かな水面に投じられた石のように落ちた。
「この茶番劇全体を、なんて完璧に象徴しているのかしら」
灰原景は、明らかに困惑した様子で眉をひそめた。
芝居がかった仕草も、大げさな身振りもなく、私は指から指輪を滑らせた。それはいつものように、いとも簡単に外れた。
落ち着いた足取りで彼の机まで歩み寄り、磨き上げられたその表面にそっと置いた。金属が木に当たるかすかな音が、永遠に響き渡るように思えた。
「これは、他の誰かのものだと思いますわ、灰原景」
私は彼の目をまっすぐに見つめた。
「どちらにしても、私には本当の意味で似合ったことはありませんでしたから」
彼の顔は蒼白になった。
「千紘、何を言っているんだ?何かあったのか?私には理解できない――」
「私には、完璧に理解できましたわ」
私はドアに向き直り、一歩一歩、決然と、そして最後の一歩を踏み出した。
「この指輪が、誰のために意図されたものだったのか、正確に」
「千紘!待ってくれ、頼む!」
灰原景は椅子から立ち上がったが、私はすでに戸口に達していた。
私は立ち止まり、最後にもう一度彼を振り返った。その瞬間、怒りも、涙も、説明を求める必死の懇願も感じなかった。ただ、私たちの関係について私が抱いていたあらゆる幻想を切り裂く、水晶のような明晰さだけがあった。
「灰原景、この指輪を本来の持ち主に渡すときには、サイズが正しいか確かめることをお勧めしますわ」
私は廊下に出て、背後でドアを閉めた。その音は、まるで一冊の本が閉じられるかのように、誰もいない廊下に響き渡った。
彼らは私を愚か者だと思っていた。利用され、捨てられる、都合のいい、世間知らずの小娘だと。
私はメスを操るための訓練を受けている。
だが私は、どこを最も深く切りつければ一番痛むのかを、たった今、正確に学んだのだ。
私が歩き去る頭上でガス灯が揺らめき、廊下の壁に私の影を長く、鋭く落とした――もはや、灰原景の婚約者の影ではなかった。
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***
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私が去った日
けれど最後に彼が選んだのは、私ではなく、彼の初恋の女性だった。
夫は、私の心を深く傷つけただけではない。あの女が私の大切なジュエリーデザインを盗むことを許し、さらには実の息子までも操って、私を「怪物」だと思わせた。
嘘で塗り固められた結婚生活の中で、私は少しずつ自分を失っていった。
息が詰まるような日々。愛されていると思い込んでいた時間。すべてが偽りだった。
けれど、彼らはひとつだけ間違えた。
私を、もう戻れないところまで追い詰めたこと。
私が去ると決めたあの日。
私は、最低な夫も、母親への感謝を忘れた息子も、そして彼らによって壊された過去の自分も、すべて置き去りにした。
親友の支え。そして、私の本当の価値を見抜き、才能を認めてくれたある若き実業家との出会い。
その温かな手によって、私はもう一度、自分自身を取り戻した。
失った誇りを取り戻し、眠っていた才能を開花させ、世界へ羽ばたくデザイナーとして新たな人生を歩み始めた。
今、私の作品は世界の舞台で輝いている。
一方で、かつて私を捨てた男は、跪いて許しを乞う。
「戻ってきてくれ」と。
けれど、もう遅い。
私が去ったあの日こそが、私が本当の自分を取り戻した日。
もう二度と、過去には戻らない。
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妊娠を隠して離婚します
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雅人は冷たく笑う。
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——
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天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい
屈辱に塗れ、身一つで夜逃げするように国を去った私は、その後に彼の「三つ子」を身ごもっていることに気づく。
――6年後。
私は世界に名を馳せる天才デザイナーとなり、奪われたすべてを取り戻すために帰国した。
しかし、悪辣な嘘に目を曇らされた知暁は、私を激しく憎み、「仇敵」として冷酷に立ちはだかる。
やがてすべての真実が白日の下に晒された時、彼は己の過ちに絶望し、プライドを捨てて泣きながら私に許しを乞うた。
だが、傷つけられた私の心はもう戻らない。私は彼の懇願を、冷徹に突き放した。
――もう遅いわ。あなたを一生、許すつもりはない。
そう誓ったはずの私だったが、予想だにしない誤算があった。
私たちが産んだ愛らしい三つ子たちが、今さら戻りたいと泣く父親の、まさかの最強の味方として動き出したのだから。













