奴らは選ぶ相手を間違えた。マフィアの娘だぞ

奴らは選ぶ相手を間違えた。マフィアの娘だぞ

渡り雨 · 完結 · 15.6k 文字

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紹介

私は、生まれ変わった。
母が亡くなって三週間後、私の悲劇が始まったあの日に、戻ってきたのだ。

藤原家の会議室。私と母を生まれた直後に捨てたあの男──私の父が、主席に座り、私のための「政略結婚」を取り決めている。

目の前には、二人の男が座っている。
一人は、西村覚。日本の武器供給の要を握る西村家の跡取りで、藤原家とは旧知の間柄。
もう一人は、遠山亮一。没落寸前の遠山家の若き当主。かつては敵対していたが、婚姻によってかろうじて和平を保ってきた家だ。

まともな人間なら、どちらを選ぶべきか火を見るよりも明らかだろう。
しかし、前の人生で、私は彼らの素性を何一つ知らされなかった。ただ、私の人の好さを利用され、後者を選ぶように仕向けられただけ。

姉の絵理沙は、覚と深く愛し合っているから、どうか二人を裂かないでほしい、と事前に私に懇願した。だから、愚かな私は亮一を選んだのだ。それが善行だと信じて。
──その結果、私が手にしたのは、地下牢の冷たい鎖だった。

もう一度、この見慣れた光景を前にして、私の心に復讐の炎が燃え上がる。

今度こそ、同じ過ちは繰り返さない。

チャプター 1

 目が覚めると、私は死に戻っていた。

 母が亡くなってから三週間後。私の悲劇が幕を開けた、あの日だ。

 藤原家の会議室。上座には父が座っている。私が生まれてすぐに母と私を捨てた男だ。今、彼は私のために「政略結婚」を画策している。

「桜、お前を呼び戻したのは守ってやりたいからだ。それに、身を寄せられる場所を作ってやりたいというのは、亡き母さんの願いでもある」

 父はもっともらしく言った。

「ちょうど絵理沙も結婚の適齢期だ。これを機に、ふさわしい候補を二人呼んである。お前たちの婚約について話し合おうと思ってな」

 母さんの願い、だと?

 私の記憶にあるのは、苦痛にのたうち、紫色の唇を震わせ、絶望に染まった瞳で息絶えた母の姿だけ。

 あの時、あなたは何処にいたというの?

 向かいには二人の男が座っている。

 西村覚。軍事産業の命脈を握る西村家の跡取りで、藤原家とは代々の付き合いがある。

 遠山亮一。斜陽の一途をたどる遠山家の若当主。かつては敵対していたが、婚姻によって辛うじて両家の平和を保っている関係だ。

 まともな神経なら、どちらを選ぶべきかは明白だ。だが前世の私は、彼らの素性など誰からも知らされず、ただその浅はかな善意を利用され、選択を誘導されたのだ。

「パパの言う通りよ」

 絵理沙が私を見て微笑む。

「妹だもの、先に選んでいいわ。私、何でも譲ってあげるから」

 一言一句、違わない。

 前世では、絵理沙に「覚と愛し合っているから引き裂かないで」と事前に泣きつかれ、私は愚かにも亮一を選んだ。それが善行だと信じて。その対価が、地下牢の鎖だとは知らずに。

 結婚式で、亮一が指輪を嵌めてくれた時の優しい眼差しを覚えている。

「桜、君を愛し、守り抜くと約束する。命ある限り」

 あの時は本気だと思った。良い家に嫁ぎ、ようやく幸せになれるのだと。母もこれで安心してくれるはずだと。

 だが婚約して間もなく、彼は執拗に実家のことを探り始めた。

『親父さんの武器の仕入れ先は?』

『藤原家の帳簿を見たことは?』

『秘密会議の内容を知っているか?』

 私は何も知らなかった。父は私に何一つ教えてくれなかったから。私はただの、疎まれた私生児に過ぎなかったのだ。

 何も知らないと答えるたび、彼の眼差しは冷え切り、口数は減り、やがて家にも帰らなくなった。

 そしてあの日、ついに私たちは衝突した。

『本当は何を知ってるんだ! 親父さんは藤原家の跡目を絵理沙に譲ったんだぞ!』

 彼は私の肩を掴み、怒りを露わにした。

『お前を俺に寄越したんだ、手切れ金代わりの情報くらい持たせたはずだろう!』

『本当に知らないの! お父様は私に何も教えてくれなかった!』

 私が泣き叫ぶと、彼は咆哮した。

『この役立たずが! 藤原の娘を貰えば何か得られると思ったのに、何も知らないだと!』

 結婚指輪を床に叩きつけられ、私は地下牢へ放り込まれた。

——

「桜?」

 父の声で現実に引き戻される。

「何を呆けている。早く選べ」

 目の前の見慣れた光景に、胸の奥で復讐の炎が燃え上がる。

 二度と同じ轍は踏まない。

 絵理沙の視線が覚に向いているのが見えた。その瞳には、隠しきれない欲望が滲んでいる。

 私は立ち上がり、二人の男の間へ歩を進めた。

「私が選ぶのは、西村覚さんです」

 その一言で、会議室は水を打ったように静まり返った。

 絵理沙の仮面が剥がれ落ちる。

「桜……あなた……私と覚が愛し合ってるって……」

「愛?」

 私は冷ややかに問い返す。

「本当に愛し合っているなら、どうして白々しく私に選択権を譲ったりしたの?」

 父が激昂して立ち上がった。

「何を言っているかわかっているのか! 覚君は西村家の次期当主だぞ。あの強大な一族の掟に、お前が適応できると思っているのか!」

「初めから配役が決まっていたのなら、なぜ選ばせるような真似を?」

 すかさず絵理沙が割って入る。

「パパ、桜は極道の家に帰ってきたばかりで、こちらの掟に慣れてないだけよ。パパは桜のためを思って言ってるの。それに……亮一さんは桜に好意を持ってるわ。そうでしょ?」

 全員の視線が亮一に集まる。

 彼はゆっくりと立ち上がり、父を直視した。

「五千万ドルの武器取引を条件に、絵理沙さんを妻に迎えたい」

 そして私を一瞥する。その瞳に浮かんだのは、見覚えのある軽蔑の色だった。

「こちらの世間知らずなお嬢さんとは、友人止まりで願い下げだ」

 心臓が止まるかと思った。

 話が違う。彼は私を選ぶはずだ。

 前世では、藤原家の娘と縁を持てることをあれほど喜んでいたのに。

 前世の彼は、私に利用価値があると思って結婚し、捨て駒だと知って切り捨てた。だが今回は、最初から絵理沙を選んだ。

 まさか、こいつも記憶を持っているのか?

「五千万ドルだと?」

 父の目が欲望に輝く。そして、沈黙を守っていた西村覚に視線を移した。

 覚がゆっくりと立ち上がり、私の目の前で足を止める。

「五千万か。遠山家は随分と気前がいいな」

「ですが、西村家は……他人の食べ残しの粗悪品など受け取りませんよ」

 私を品定めするように見下ろす視線は、氷のように冷酷だった。

「こんなゴミを俺に押し付けようなど、笑わせるな」

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私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。

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ある日、彼は私の手を執り、ゆっくりと距離を詰めると、耳元で低く囁いた。

「俺のこの鼓動、今なら感じられるか?」

私は至って真面目な顔で彼の胸に手を当て、大真面目にこう返した。

「心拍数は確かに少し高めですが、非常に健康的です。心配ありませんよ」

彼は一瞬呆気にとられ、それからふっと吹き出した。その瞬間の彼の笑顔に、私の心臓もなぜかドクンと跳ねた。それは、自分自身でも説明のつかない初めての衝動だった。

だが、彼が私の真実に一歩ずつ近づくにつれ……私の心は揺らぎ始めている。自分の最後の秘密を、あとどれくらい隠し通せるのだろうか。

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