紹介
――彼らが、本物の娘榊原栞奈を見つけるまでは。
「お前はもう用済みだ」
手のひらを返したように冷たい家族。私を追い出すための屈辱的なパーティー。
信じていた婚約者の高遠陽仁は、あっさりと榊原栞奈に乗り換え、私が惨めに捨てられる様を嘲笑う。
誰も彼もが私を蔑み、踏みつけようとする絶望のなか、たった一人、私を守るように立ちはだかった人がいた。
それは、血の繋がらない、冷徹で無愛想なはずの義兄――榊原奏だった。
「行くぞ。こんな場所に、君はもったいない」
強引に連れ出された先は、彼の隠れ家のようなマンション。
凍えた心を温めるスープを作っていた私の背後に、彼が静かに立つ。
野菜を刻む私の手にそっと重ねられた、大きな掌。耳元で囁かれる、熱い吐息。
そして――振り向いた私を待っていたのは、全てを奪うような、熱く深いキスだった。
「もう誰にも君を傷つけさせない。……君は、俺だけのものだ」
チャプター 1
榊原柚葉視点
「今夜は、最新のスモーキーアイを作るテクニックをご紹介しますね。こちらのアイシャドウは、今年の秋を象徴するカラーでして……」
手慣れた様子でライブ配信のカメラに説明しながら、私はメイクブラシをまぶたの上で優しく滑らせた。
画面にはコメントが素早く流れていく。
「柚葉ちゃん、綺麗すぎ!」
「それ欲しい!」
「柚葉様のメイクはいつも完璧!」
フォロワーが五十万人もいる私は、榊原家の中で確かな居場所を築いたように見えた。そう、あくまで「そのように見えた」だけのことだ。私は榊原柚葉。榊原家の養女で、そこそこ成功している美容系インフルエンサーだ。
「アイシャドウで大事なのは重ねること。必ず薄い色から濃い色へと重ねていって……」
私が熱心に実演していたその時、階下から突然、激しい口論が聞こえてきた。
私は手を止め、注意深く耳を澄ませた。養母である榊原莉奈の声だ。ひどく怒っているようだった。
「みんな、今夜はここまで!おやすみなさい!」
私は慌ててライブ配信を終了し、機材の電源を落とすと、そっとドアへと向かった。
声がよりはっきりと聞こえてくる。
「やっと実の娘が見つかったのよ!」
莉奈の声は、抑えきれない興奮で震えていた。
「もう榊原柚葉を追い出す頃合いじゃない?あんな得体の知れない子が、私たちの家に長居しすぎたわ!」
心臓が止まった。
得体の知れない子?
「あの子には家から出て行ってもらう時が来たんだ」
養父である榊原彰人の声は、背筋が凍るほど冷たかった。
「来週の親族の集まりで、榊原栞奈の本当の正体を明かして、彼女こそが私たちの実の娘だと発表する」
榊原栞奈?誰、それ?
震える指からメイクブラシが滑り落ち、こつん、と小さな音を立てた。見つかるのが怖くて、私は急いで口を覆った。
実の娘が見つかった?それで私を追い出すつもりなの?
その瞬間、世界がぐるぐると回るのを感じた。物心ついた頃から、自分が養子であることは知っていた。でも、榊原家は私をまともに扱ってくれた――少なくとも、娘として見ているふりはしてくれていた。私は……私はずっと、榊原家の一員でいられると思っていたのに。
突然、目の前に金色の文字が浮かび上がった。
【なんてこと、養父母に追い出されるなんて】
私は凍りつき、ごしごしと目をこすった。幻覚?
また別の金色の文字が現れた。
【可哀想に。あいつら、あんたを本当の娘だなんて一度も思ってなかったんだよ】
「ストレスで見ている幻覚に違いない……」
私はそう呟いたが、文字は目の前ではっきりと見え続けた。
【これは幻覚じゃない!自分の身は自分で守らないと!】
私は深呼吸をして、無理やり冷静になろうと努めた。この奇妙なメッセージが何であれ、今重要なのは状況を把握することだ。
私は階段まで抜き足差し足で近づき、影に隠れて盗み聞きを続けた。
「来週の親族の集まりで、あの子をみんなの前で辱めてやるわ」
莉奈の声は悪意に満ちていた。
「私たちの社交界の全員に、私たち榊原家がようやく本当の娘を見つけたと知らしめたいの」
「いいか、榊原奏には知らせるなよ」
彰人が釘を刺した。
「あいつはお人好しすぎる。俺たちを止めようとするだろう」
榊原奏?私の義理の兄?
またコメントが現れた。
【ほらね?お兄さんはあなたの味方だよ!】
【彼が今のあなたにとって唯一の希望だ】
心臓がさらに速く脈打った。
榊原奏……確かに、お兄ちゃんはいつも私に優しかった。子供の頃から私を守ってくれて、穏やかで、思いやりがあった。もし彼にまで見捨てられたら……。
いや、コメントは彼が私を守ってくれると言っている?
「榊原栞奈は榊原柚葉よりずっと賢いし、ビジネスの才能もある」
莉奈は続けた。
「何より、あの子は私たちの血を分けた子なのよ!よそ者の榊原柚葉が敵うわけないじゃない」
「その通りだ。高遠陽仁との婚約を破棄させる方法を考えないとな」
彰人が同意した。
高遠陽仁?もうすぐ結婚するはずの、私の婚約者?
めまいがして、倒れそうになった。榊原家から追い出されるだけでなく、婚約者まで失うことになるの?
コメントは次々と現れた。
【ひどすぎる。全部あいつらの計画通りじゃないか】
【これを止めなきゃ!】
【お兄さんに助けを求めるよ!】
私は唇を強く噛みしめ、考えを巡らせた。奏お兄ちゃんが本当に私の唯一の希望だ。もし彼に、もっと私のことを気にかけてもらえたら、私を手放したくないと思わせることができたら……。
大胆な考えが頭に浮かんだ。
私は静かに自室に戻り、ドアを閉め、まっすぐ化粧台に向かった。友人が、男性をもっと……夢中にさせることができるという特別なものをくれたのを思い出したのだ。
引き出しを開け、必死に探す。ついに、隅に押し込まれていた小さな小瓶を見つけた。
無色透明の、無臭の液体。
私は小瓶を握りしめ、鏡に映る青ざめた自分の顔を見つめた。
「ごめんね。でも、この家に残るためには、こうするしかないの」
最後のコメントが現れた。
【本当にそれが正しいの?】
でも、私にはもう他に選択肢はなかった。
明日、この計画を実行する。奏お兄ちゃんは私の最後の命綱。この家族を、私が持っているすべてを、絶対に失うわけにはいかない。
たとえ……たとえこんな手段に頼ることになったとしても。
私は小瓶を強く握りしめた。瞳には、新たな決意の炎が燃えていた。榊原家は私の家、榊原奏は私の兄、そして高遠陽仁は私の婚約者。
誰にも、彼らを私から奪わせたりしない!
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彼らが泣きついて許しを乞うても、彼女は冷たく言い放つ。
「今さら後悔しても、もう遅いわ」
彼はかつて私を打ちのめした、今度は私が彼を打ちのめす番だ
次に、私の両親。
三番目に、私の自由、私の両目、そして生きる理由のすべて。
結婚記念日の日、夫は私を三人の男たちに差し出した。彼は私を犬小屋に閉じ込め、彼の愛人はそばで嘲笑っていた。彼は私に自分の息子の遺骨を食べさせ、それを「慈悲」と呼んだ。
彼は私が汚れていると言った。私は当然の報いを受けているのだと。
しかし、彼が固く信じていたDNA鑑定の結果は嘘だった。あの動画は捏造されたものだった。そして、彼がこれから娶ろうとしている女こそが、私たち全員を破滅させた元凶だった。
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今は、もう試みない。
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彼は冷酷極まりない目で私を見下ろし、「お前なんか、俺にふさわしくない。子供を堕ろして、さっさと出て行け!」と言い放ったのだ。
そして――彼が「運命の女」と盛大な結婚式を挙げたその夜、私は凄惨な交通事故に遭い、命を落とした。
私の死亡診断書を手にした時になって初めて、彼は気づいたのだ。私への愛が、すでに自分の魂にまで深く刻み込まれていたことに。
数年後。私は別の人間として、双子の我が子を連れて戻ってきた。しかし、あの狂気に満ちた男に再び追い詰められてしまう。
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私は冷たく突き放した。
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「……そうか? なら教えてくれ。なぜその子供たちに、俺の血が流れているんだ?」
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これで互いに違う道を歩むだけだと思っていた。ところが、隠していた孕み腹はやがて露見してしまう。
復縁を切り出してきた元夫に、綾部栞は怒りを叩きつけた。
「この子に会いたければ、跪いて許しを請いなさい」
そう言えば、さすがに諦めるだろう——。
だが、彼女は読み違えていた。相手の、その異様なまでの図太さを。
やがて、雲市で最も賑わう中心街の大型街頭ビジョンに、ある動画が一日中エンドレスで流れ始める。
それは、ひとりの男が地面にひざまずき、ただひたすら復縁を乞い続ける姿だった。
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──が、彼女は社交界に背を向け、「配信者」として自由気ままに活動を始める。
江城市の上流社会はこぞって彼女の失敗を待ち構えていた。
だが、待てど暮らせど笑い話は聞こえてこない。
代わりに、次々と大物たちが彼女の配信に押しかけてくるのだった。
「マスター、俺の命を救ってくれ!」──某財閥の若社長
「マスター、厄介な女運を断ち切って!」──人気俳優
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そして、ひときわ怪しい声が囁く。
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原田麻友:「……私も知りたいわ。」
全能令嬢の帰還、家族が倒産?
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。
紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。
しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。
そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。
「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」
紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。













