紹介
炎と裏切りにまみれた一夜で身体に刻まれた傷を抱えたまま、ベアは一国の姫という地位へと持ち上げられる。けれど彼女の肌に残るその傷は、いま「夫」と呼ぶことになった男が負わせたものだった。
心が欠けているという噂に反して、ダックスは決して腑抜けではなかった。ベアの献身のなかで、彼は声を取り戻し、強きアルファとして己の運命を果たす力を掴んでいく。
戦と政の陰謀をくぐり抜けながら、ダックスとベアは、女神の御前にふさわしい強大な番いとなることを目指す。だが、二人の絆は闇に潜む敵の策謀を打ち砕くに足りるのか。女神の祝福を勝ち取り、人々と、生まれつつある新しい愛を守り抜けるのか。
砕けた玉座が、隠された薔薇の激情によって燃え上がるさまを、その目で見届けよ。
*****
次の唸りが身体を震わせる前に、彼はごくりと喉を鳴らした。「ベア……お前の匂いが。俺の狼を狂わせる」直後、ベッドがわずかに沈んだ。彼女が息を整える間もなく、彼は彼女の脚を腕にすくい上げ、熱を孕んだ中心を自分の口元へ引き寄せた。
「ダックス。わ、私……あなたが必要。疼いて……」ベアは息を詰まらせ、掠れた声で訴えた。
彼は吸うのをやめ、そっと彼女の腰を毛布の上へ戻した。
視線が絡む。蒼い瞳に銀の光を宿しながら、彼は問いかけた。「俺が必要だと?」言葉の端をざらつかせる低い唸りが混じる。「何が必要なんだ。言え、ベア」彼はいま膝をつき、裸の彼女の身体の上へ覆いかぶさるように身を移しながら、見下ろしていた。
チャプター 1
この本を、シェリダン・ハーティンに捧げる。闇に沈んでいた私の魂の奥の部屋を照らしてくれた、素晴らしい精霊へ。世界があなたのためにひらけていきますように、愛しい人。
――ベア――
ベアは薔薇の束を光にかざし、赤い花弁に目を凝らした。まだ朝早い。厨房の当番に出るまでには時間がある。捨てられた花を取り替えておけばいいだけだ。
束を鼻先へ寄せ、そっと息を吸い込む。葉と花弁が混ざった香りが、胸の奥をしゃきりと目覚めさせた。見つけられる喜びは何でも、奴隷としての乏しい暮らしを少しだけ明るくしてくれる。だから彼女は、ありとあらゆるものの中に喜びを探した。
だが、重いため息とともに自分を戒める。「いつまでも突っ立っていたら、屋敷の者の目につくだけ」。怠けているところを見つかれば、また鞭が飛んでくる。彼女は急いで美しい束を顔から離し、ピアノの上の空の花瓶へ差し替えた。朝の陽に照らされた赤と水晶のような花瓶が、鮮やかに生き生きとして見える。
図書室のこの一角が、ベアは好きだった。静かで、たいてい誰もいない。ほんのひととき、息をつける。普段は絶えず動かされるのだ。これを洗え、あれを運べ。食事の時間さえろくに与えられず、与えられても豚の餌桶からだった。それでも、文句ばかりは言えない。豚には昨日の献立のいちばん良い残りが回ってくるのだ。そして昨日の朝食は糖蜜とスコーンだった。家族はいつだって食べきらない。つまり今夜は、腹いっぱい糖蜜とスコーンを食べられる。もっとも、その戦利品を拾い集める前に、巨大な雄豚どもを追い払わなければならないのだが。
椅子の上に置かれた古い薔薇の束を掴んだ瞬間、棘が親指を切り裂いた。思わず手を離し、束が落ちる。タイルの床にぶつかった拍子に花弁と葉がぱっと弾け、足元から四方へ散った。
親指を口に含んだまま膝をつき、彼女は散らばったものを拾い集め始めた。心の中で叫ぶ。「だめ……! あとでこれを見つけられたら、また靴を取り上げられる!」
そうして欠片を集めていると、図書室の扉が開く音がした。顔を上げると、ご主人たちが入ってくるのが見えた。
年老いた元ベータのヴィスカと、その妻が、娘を引きずるようにして静かな図書室へ連れ込んでいた。ヴィスカは乱暴に扉を閉め、娘のほうへ向き直る。
「サヴォンナ、これ以上の口答えは許さん!」
ベアの身体がこわばる。見つかれば間違いなく鞭だ。もしかしたら、一週間食事を抜かれるかもしれない。
「どうでもいい!」サヴォンナが甲高く叫んだ。「私はルナになるはずなの! みんなに甘やかされて愛されるはずなのよ! 壊れた狼の乳母なんて、なるわけない!」
壊れた狼。ベアはその言葉を、何年も前から何度も耳にしていた。人間の母と純血の父のあいだに生まれた彼女は、自分の狼の声を聞いたことがない。そもそも、自分に狼がいるとは思えなかった。彼女は生まれたときから「壊れた狼」と見なされてきたのだ。
好奇心が、固まった筋肉に火をつけた。彼女はゆっくりとピアノの脚の影を伝い、視界を遮るソファの端からそっと覗いた。
ヴィスカの皮膚がうねり、顔や腕に毛並みが触れるのが見えた。感情を抑え込もうともがくように、波紋のように広がっていく。
荒く、だが抑えた調子で、彼は娘へ一歩詰め寄った。「お前はダックスと結婚する。何をしてでも、この恥辱から家を救い出すのだ。娘よ、穴に投げ込まれて忘れ去られることになろうと、私は構わん」――娘。という言葉だけが空中に残った。風に乗る毒のように。
だがサヴォンナは引かなかった。「お願い、お父さま! 嫌よ! あの人とは結婚できない。身体が動かなくて、腐ったブロッコリーみたいにしおれていくって言うじゃない! そんな男を私の夫にしろっていうの!?」
元ベータの腕を、再び毛並みが波打つ。今度は、目が狼のものへと変わるのをベアは見た。ヴィスカは踵を返し、窓へ向かって荒々しく歩き出す。ベアは急いでピアノの下へ滑り込み、椅子の陰に身を伏せた。そして女神に祈った――どうか、見つかりませんように。
「ねえ、あなた。私たちは、あなたを自分たちのもとから奪ってほしいなんて言っているわけじゃないの。あなたには幸せになってほしい。ただ、ダックスは昔のままではなくなってしまったけれど……それでも、あなたたちは一度は愛し合っていたのでしょう?」
「愛してた? もちろん愛してたわよ。あの人は王位を継ぐはずだった。アルファになるはずだった。私が番に望むものを、全部持っていたの。今のあの人に何があるっていうの? それに、ビリアーズはどうなるの?」ベアはサヴォヌーがピアノの名手だと聞いたことがあった。世界的に名を知られた存在だったのだ。「私には夢があるの、ママ。やっと……やっとビリアーズに合格したのよ。来年の春には出発することになってる。事故の前から、ダックスだってそのことは知っていたし、気にしていなかった。たとえ頭がぐずぐずになっていたって、今だからって理解できないってことにはならないわ。今のあの人との結婚なんて、誰にも無理強いできない」
ヴィスカが窓辺から身を翻したが、その前にジュールズが口を開いた。「わかっているわ、かわいい子。あなたに夢があることはわかってる。そうね、あの子は次のアルファになるはずだった。でも……」沈黙が落ちた。ベアには、ヴィスカの重たい呼吸が聞こえた。
「でも何よ? 今じゃ、自分の顔のよだれひとつ拭けないくせに」
椅子の陰からのぞき返す勇気もなく、ベアにはヴィスカが何をしたのか見えなかった。だが、肌と肌のぶつかる乾いた音がして、元ベータが娘を平手打ちしたのだと察するほかなかった。
「おまえが我が家の名を汚すことは許さん。おまえがビリアーズに受かったのも、この私がいたからだ!」ヴィスカの声音は低く、そして凶々しかった。「一家そろって死にたいのか? おまえを喜ばせるために、我々がどれだけのものを諦めてきたと思っている。この家のために、おまえは必ずやるのだ。もう駄々をこねる甘やかされた子どもはやめろ。行って支度をしろ――結婚式のためにな」
図書室の扉が開き、乱暴に閉まる音とともに、遠ざかる足音が聞こえた。そのすぐあと、サヴォヌーは泣き崩れるように床へ倒れ込んだ。嗚咽の合間に、母親が娘をなだめようとしているのが聞こえたが、何を言っても慰めにはならないようだった。
ベアの脚はつりはじめ、背中を汗がつたっていくのがわかった。ピアノの下に隠れたままで、あとどれくらい持ちこたえられるのか、自分でもわからなかった。
サヴォヌーはもう泣いていなかったが、二人の女はまだ部屋を出ていなかった。ソファの向こうは見えない。何をしているのかもわからない。
沈黙を破ったのは、またジュールズだった。やさしくサヴォヌーに語りかける。「私のかわいい、大切な娘。こんなことになってしまって、ごめんなさい。できることなら、あなたからこの苦しみを取り去ってあげたい。でも、アルファの考えを変える力は私にはないの。夢が終わってしまうように思えるでしょうけれど、私たちには自分の運命なんてわからないでしょう? あなたがこれから受け継ぐものを考えてごらんなさい」
ジュールズは立ち上がった。ベアには、彼女がしばし娘を見下ろしてから、ピアノのほうへ向き直り、歩いてくるのが見えた。
「あなたは家中のすべてを従える立場になるのよ。これからもピアノを弾きたいなら、弾けばいい。旅をしたいなら、王子のお金を使って旅をすればいいわ」彼女はピアノの前で足を止めた。今朝の風呂上がりにつけた香水の匂いが、ベアの鼻先まで漂ってくる。胸の内で心臓が激しく脈打ち、その音が耳の奥でごうごうと鳴っていた。
永遠にも思える時間のあと、ジュールズはようやく向きを変え、娘のもとへ戻っていった。「あなたは王女になるのよ、いいこと。今は真っ暗に思えるでしょうけれど、本当はそんなことないの」
衣擦れの音と、ゆっくりとしていながら軽い足音が聞こえた。それから図書室の扉が開いて閉まり、あとは静寂が図書室いっぱいに広がった。
ベアはその場にぐったりと崩れ落ち、手足をできるだけ大きく投げ出した。心臓はまだ戦にでも向かうみたいに、どんどんと太鼓を打ち鳴らしている。
危なかった……! とベアは心の中で叫び、それから目を閉じ、恐怖と張りつめた緊張が体から抜けていくのに身を任せた。
――その腕に手がかかり、爪が食い込み、乱暴にピアノの下から引きずり出されるまでは。
「この薄汚い獣め!」ベアがぱっと目を開くと、そこには母親ジュールズの怒りに燃える顔が迫っていた。
最新チャプター
#164 第164章ビジョンが終わると未来が始まる
最終更新: 7/9/2026#163 第163章未来は嘘をつかない
最終更新: 7/9/2026#162 第162章未来のビジョン-海の向こうの息子
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最終更新: 7/9/2026
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今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。
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あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。
五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。
その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。
ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――
「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
全能令嬢の帰還、家族が倒産?
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。
紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。
しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
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紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。
身代わり生活は3年で終了。お嬢様の本性を現します
その瞬間、私は目が覚めた。
私はもう身代わりのフリをするのをやめ、瀬尾グループの令嬢という本当の身分を明かして、億万長者の陸川純平と契約結婚を交わした。
彼が私にくれる尊重は、これまでの人生で一度も感じたことのないものだった。
最初はただの取引だと思っていた。けれど、一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、私は知ることになる。
彼の冷徹で理性的な仮面の下には、私だけのために今日まで抑え込んできた、執着と狂気にも似た愛が隠されていることを――。
不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。
しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。
吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。
けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。
「こんな汚らわしい男は捨ててやる」
私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
「田舎者」と笑われた私、実は裏社会の女帝でした ~冷徹社長に正体がバレて溺愛される~
しかし、その正体は……
ファッション界を牽引するカリスマであり、香水界の伝説的な始祖。
さらには裏社会と政財界の命脈を握り、大物たちが跪く「影の支配者」だった!
長きにわたる雌伏の時を経て、彼女はついに帰還する。
奪われたすべてを取り戻し、自分を蔑んだ一族や世間を足元にひれ伏させるために。
一方、彼女の前に立ちはだかるのは、商業界の帝王と呼ばれる冷徹な男。
彼は知らなかった。裏でも表でも自分を脅かす最強の宿敵が、目の前で愛らしく微笑むこの少女だということを。
互いに正体を隠したまま、幾度もの交戦を重ねる二人。
そのスリリングな攻防の中で、二人は互いの秘密と脆さを共有し、やがて敵対関係は唯一無二の愛へと変わっていく。
そして危機が訪れた時、二人はついに仮面を脱ぎ捨て、並び立って頂点へと君臨する。
「君の『仮面』はすべて剥がした。次は、その心を裸にする番だ」













